営業の帰り道、電車内に女優の「宮崎あおい」さんを
起用した某社の釣り広告が目にとまった。

同行していたスタッフの一人が釣り広告を指さし、
「彼女の名前はなんて言うんだっけ?」と私に尋ねた。

私は彼女の名前を思い出せなかった。
というより、そもそも彼女の名前を知らなかったことに気づいた。
私には彼女が主演したNHKの朝ドラの印象が強烈に残っていて、
彼女はドラマの役名である「さくらちゃん」以外の誰でもなかったのだ。

そんな次第だったので、もう一人のスタッフも含めた三人で、
ああでもないこうでもない、と話をしていた。

もともと内緒話が苦手な当社の人間たちの会話である。
自分たちは気づかなくても、
周囲にはその会話がはっきりと聞こえていたのだろう。

私たちの前に座っていた営業マン風の女性が降車する際に、
「宮崎あおいさんですよ」とそっと私の耳元でささやいてくれた。
とっさに私は「ありがとうございます!」と、これまた周囲に
十分届くほどの声でお礼を言ってしまった。

その女性は少し照れくさそうに、それでも爽やかな笑顔で、
「どういたしまして」と言い残してくれた。
些細な出来事ではあったが、乗降時など、ぶつかっても一言も
発さない方が増えている一方、まだこのようなコミュニケーションを
交わせる方の存在をうれしく思った一瞬であった。