ユニゾンのENSEMBlog

「人と組織のマネジメント」にユニークな価値を提供し続ける企業
「株式会社ユニゾン」
マネジメント研修を事業のドメインに据える
同社の社長とスタッフたち(ときどき)とで綴るブログです。
頻度はそこそこ、中身は真面目にがモットーです。

企業

嵐に備えて

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企業とは環境適応業である。
時代の要請に応えうる企業のみが生き残っていくのは、
誰しもが頭では理解していることなのだろうと思う。

しかしながら、これが我が身にかかわることとなると、
我々の反応は論理的な思考回路を経由しないものになりがちだ。

すなわち、自分が勤める会社が大きく変わらなければならないという
局面は理解できたとしても、自らの仕事が変化することに対しては、
不安、拒否、諦めといった感情的な反応を抑えがたいものなのである。

今、多くの企業が生き残るために大きく舵を切ろうとしている。
既にその渦中に放り込まれているビジネスパーソンも少なくない。
それでも、世の大企業に勤めている多くのビジネスパーソンたちは、
対岸の火事とは言わないまでも、今のところは静観できる時間的な
立場に置かれているように思われる。

しかし彼らにも、さほどの時間を経ずに嵐はやってくるはずだ。

多くの企業では、4月に新しい方針が示される。
思い切った方針転換がなされる企業も少なくないだろう。
そして、それぞれの企業トップが打ち出す方針は、どう考えても、
その企業に勤める人たちにとって決して甘くはないものであろう。
嵐はすぐそこまで来ているのである。

来るべき嵐に備えて、我々は何をすれば良いのだろうか…

最も重要なのは、やはり“覚悟を決める”ことなのだろうと思う。
我々は、自らを取り巻く環境が激変することを受け入れる必要がある。
今までと同じでは、もう生き続けていくことができないからだ。

企業が環境適応業であるならば、
我々ビジネスパーソンも環境適応業者であると考えるべきだ。
我々はもっと積極的に、来るべき嵐と向き合う覚悟が必要そうである。

組織の文化は言葉に表れる

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研修講師の仕事を始めてから、
組織によって「○○がこんなにも異なるんだ!?」と驚くことは多い。

例えば、同じ研修プログラムを違う企業の課長職に実施したとする。
プログラムの中には、あるテーマについてグループで討議して、
討議した結果を模造紙にまとめて発表する、という課題がある。

その、模造紙にまとめる“まとめ方”一つをとってみても、
それぞれの企業や組織の個性が出てくる。

理系出身者が多いメーカーの技術系の課長職研修では、
マインドマップやフローチャートなどの図解が多く出てくるのに対して、
販売会社の営業マネージャー研修などの営業系の課長研修では、
生々しい数字と堅い文字が多く書かれている、と言った具合だ。

これは当然と言えば当然と言えるかもしれない事象だが、
この仕事を始めて、私が一番驚いたのは、企業や組織によって、
「使われる言葉が、これほどまでに違うものなのだ!」ということだ。
企業や組織の文化は、話す言葉にも色濃く表れる。

無論、それを悪いことだと言うつもりは毛頭ない。
しかし時には、使っている言葉を点検してみる必要があるのでは?
と強く感じることもある。

以前、ある大手企業の課長研修を担当した時の話である。
グループ討議の際、各グループから、何やらこちらが眉をひそめたくなる
ような言葉が聞こえてくる。「まさか?」とは思いつつ、耳を澄ませて
話を聞いてみても、やはり、あからさまに女性を蔑視する言葉なのだ。

私が「その○○という言葉はどういう意味で使っています?」と尋ねると、
やはり、女性を低く扱う言葉として使っていることがわかった。

「今のご時世、そんな言葉を使っているのは問題ですよ!」
私が指摘すると、ほとんどの受講者が最初はきょとんとした様子だったが、
やがて受講者の1人が反省の弁を述べた。

「入社した頃は違和感を感じていた言葉だったんですが、
 役員以下すべての上役たちが使う言葉だったので…
 私たちも麻痺してきていたのかもしれません…」

彼ら1人ひとりは他の組織と比べて、むしろ紳士的と呼べる方々だった。
そんな彼らをしても、組織の文化には染まっていくのである。
そして組織の文化は、その組織に属する人間が普段使う言葉にも表れる。

繰り返し申し上げるが、だからこそ私たちは、
自分たちが普段使っている言葉を、時には点検してみる必要があるのだ。

この出来事が私に教えてくれた通り、私たちが使う言葉、
ひいては、私たちの内輪の文化がすでに社会通念から逸脱してしまっている、
などということが、発生しているかもしれないからである。

教育は主食

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教育の大切さと、その難しさを表現した言葉は少なくない。

当ブログでも以前ご紹介したことがあるトーマス・ワトソン(IBM創業者)の
「教育に飽和点はない」という言葉
や、森信三氏の著書によるとされる
「教育は流れる水に文字を書くごとし」という言葉はその代表格であろう。
私たちも研修の場で、これらの言葉を引用させていただくことがある。

これらに加えて“至言”とも思える言葉に先日出会った。

「教育は企業にとっての主食である」
これは、ある企業のトップが私たちに語ってくれた言葉である。

“主食”は体の基礎を作り、健康を支える基となるもの。
主食は毎日食べなくても死ぬことはないが、主食が定まらずに
乱れた食生活を続けていれば健康を害することになる。
企業にとって教育とはまさに“主食”である、と。

業績の良し悪しに左右されることなく、長年にわたり社員教育に
熱心に取り組んでこられたトップの言葉だけに迫力があった。

他方で、昨今は「見場の良い・味付けの良い・手間がかからない」
といった教育を場当たり的に採用する企業も多い。しかし企業の基盤を
支えるための“主食”となる教育は、やはりトップの固い信念のもとで
繰り返し繰り返しなされるべきものである、という思いを強くした。

今年の漢字予想

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毎年、12月12日の漢字の日に、京都の清水寺で発表される
“今年の漢字”。
この漢字、清水寺の方などが選定しているのかと思いきや
公募で決定されるとのこと。

今年も12月12日が迫り、既に決定済みのはずの、今年の漢字。
unison2なりに、発表前に予測してみました。

単純なところでいうと、「偽」
やはり、どんどんと発覚する各社の食品表示偽装は、今年の
特徴的な出来事の一つだと思います。

少し、ひねって考えると「倫」あたり。
これは、政治でいえば、年金問題や防衛省の疑惑、企業でいえば、
偽装問題や事故など、「偽」を少し拡大して連想してみました。

求められるCSRや法令遵守の基準が厳しくなり、多くの組織が
仕組みづくりや教育に多大な努力をしている一方、後をたたない
事件や疑惑。
その全てが、結局のところ、組織と組織に属する人の倫理観を
問う問題だと感じます。

来年、まずは、現在の食品偽装などを行っている各企業が反省をし、
新しいスタートを切って、新たな価値を生みだしてくれるように
なればいいなぁと思います。

現場に腐臭漂うとき

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相変わらず企業の不祥事が後を絶たない。

最近不祥事が明るみに出た企業に知人が勤めていた。
彼は一年ほど前にその会社を退職したのだが、
彼が退職に至るまでにたどった経緯はひどかった。

長年現場の一線で働いていた彼は極めてまじめな性格で、
少々頑固なところはあるものの正義漢と言っていい男。
彼が過度のストレスのため心身に変調を来したのは、
数年前にその企業が拡大路線を加速し始めた時期と一致する。

現場ではトップの方針に異を唱える中間管理職が配転や早期退職で
職場を去ってゆき、彼は期せずして現場のリーダーになった。
理不尽なほどの高い目標を背負わされ、トップの意に添わない部下を
早く辞めさせるために“いじめ”を強制されることまであったと言う。

彼が会社を辞める前に話してくれたことがある。
「トップのいない現場ですら正しいことが言えなくなるんだよ」

現場にまで腐臭が漂うとき、企業は死に体を迎えているのだろう。

今日は「世界禁煙デー」

今日は世界保健機関(WHO)が制定した「世界禁煙デー」。

友人の会社では、全社を挙げて禁煙を勧める運動をしたらしい。
もちろん(?)強制ではなかったらしいが、社内の喫煙所を含め、
24時間煙草を吸わないよう、喫煙者に呼びかけたそうだ。

また、売店や自動販売機での煙草販売をすべて休止し、
その替わりに、ニコチンガムなどの禁煙サポートグッズを
販売するなどの力の入れよう。

喫煙者が30%を下回ったなどというニュースも耳にする昨今、
ますます肩身が狭くなることを予感させる話であった。
「いつまで吸い続けることができるやら・・・」

社歌

皆さんの企業に“社歌”はあるだろうか?

近年、社歌を斉唱する企業が増えているようだ。
組織への帰属意識や職場の一体感を醸成するために、
社歌を新たに作る企業が増えている、という記事が
少し前(4月9日付け)の日経新聞に掲載されていた。

私は最初に入った会社で、社歌を歌った覚えがある。
月初に行われる部署全体の朝礼では、正面にラジカセを据え、
トップ訓示の後に社歌を斉唱したものだ。

今では、歌詞も節もまるで覚えていないのだが、
大音量で流れるカセットテープの音とは裏腹に、ほとんどの人が
申し訳ばかりの声を出すだけで、何となく気まずい雰囲気が
流れていたことを鮮明に覚えている。

先日、同世代の知人とそんな話をしていたら、
彼の職場では、始業時には社歌が流れていると言っていた。
彼曰く、職場で斉唱することはないにしても、毎朝聞かされ続けていれば、
いやでも耳にこびりついてしまうとのことだった。社名を連呼するメロディーを、
何の気なしに口ずさんでしまうことがあるらしい。
恐るべき“社歌”の効果である。

私たちユニゾンには、“社歌”はない。
新たに作るとしたら、こんな感じになるだろうか・・・

♪(「いなかっぺ大将」の節で)♪
  〜 ひとつ悩める管理職 〜
  〜 ふたつ悩める営業マン 〜
  〜 人と組織にお役立ち 〜
  〜 みっつ悩める経営者 〜
  〜 ユニゾンあっちょれ人気者 〜
  〜 研修教育はユニゾンだ 〜

この歌では、社員の求心力も期待できませんね(失礼しました)。

知りながら害をなすな

私たちの社会や生命が危機にさらされる。
そのような事態を引き起こしかねない企業の不祥事が後を絶たない。

しかも、私たち一般市民の耳目に触れるのは、
社会的に広く認知されている一部有名企業の事象に限られる。
白日の下にさらされずに闇に葬られている事象は“あまた”あるはずだ。

それにしても、どうして企業は不祥事を隠蔽しようとするのであろうか。

多くの企業が“CSR(企業の社会的責任:Corporate Social Responsibility)”
を経営の根幹として標榜する現代である。
報道されているような有名企業の経営トップにその意識がないはずはない。

しかし、謝罪会見などの報道を通してかいま見える彼らの姿からは、
“CSR”のかけらすら感じることができないのである。
そこにあるのは、目先の損得勘定から不祥事を隠蔽したいという本音と、
およそ信用ある企業のトップにあるまじき責任感の欠如である。

バレなければ、あるいは、法に触れさえしなければ、儲けるためには
何をやっても構わないなどというメンタリティを持つ経営トップには、
経営責任を負わせるべきではない。

2500年前にギリシアの医学者ヒポクラテスが遺したとされる言葉がある。

「知りながら害をなすな」

企業の社会的責任を言い表す言葉としても至言である。

日本vsオーストラリア

昨夜は早めに帰宅し、TVの前でスタンバイ!という方も多かっただろう。
または、パブリックビューイングやスポーツバーなどで、
仲間と一緒に観戦という方も少なからずいたのではなかろうか。

私もそんなにサッカー好きと言うわけではないけれど、
せめて日本戦くらいは、と自宅で観戦。

サッカーのことはよく分からない私ですら、開始早々から、
“あれ?押されている?”などと思い、解説に耳を傾けてみるが、
感想の様相を呈する解説者の発言に、状況を解せず。

そんな“感想”へ“つっこみ”をいれている間に、
逆転され更に得点を許し1対3で日本の負け。

WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)では、予想以上の感動
を貰ったけれど、昨夜の日本対オーストラリア戦は予想以上の失望。

戦略に戦術、人選、ビジョン、環境、仕組み、流れ等々。
チームスポーツというのは、企業活動と酷似しているなと再認識。

さて今後の、ジーコ・ジャパンの経営はいかに?
ユニゾンの書籍


『はじめての管理職100問100答』

(株)ユニゾン 堤幸政/河村亜紀 著

明日香出版社

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