ユニゾンのENSEMBlog

「人と組織のマネジメント」にユニークな価値を提供し続ける企業
「株式会社ユニゾン」
マネジメント研修を事業のドメインに据える
同社の社長とスタッフたち(ときどき)とで綴るブログです。
頻度はそこそこ、中身は真面目にがモットーです。

ドラッカー

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら

もし高校野球の女子マネージャーが
昨日に引き続き、最近読んだ本の紹介を。

「もし高校野球の女子マネージャーが
ドラッカーの『マネジメント』を読んだら」


今話題の本である。
昨年末に出版されたばかりだというのに、
既に13万部を突破し、ドラマ化・映画化
の話も出ているそうだ。

作者が“AKB48”絡みの人であるというメディアの触れ込みと、
この“萌え〜”的な表紙デザインには気後れしつつも、職業柄、
ドラッカーにまつわる本となれば手に取らない訳にはいかない。続きを読む

『論語読みの論語知らず』

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『論語』がブームなのだそうだ。
“子曰く…”のあの『論語』である。
なんでも小中学校の教材に『論語』を利用する学校があったり、
『親子で“論語”を学ぶ勉強会』が盛況だったりするそうだ。

このブームはビジネス界にも波及しているようで、
『Harvard Business Review』の10月号(9/10発売)でも、
“論語の経営学”なる特集記事が組まれていたりする。

世に曰く、古典が流行る世相というものがあるらしい。
多くの人が将来に対して明るい展望が見出せないと感じている、
そんな時に古典が見直される傾向があるそうだ。

ところで『論語』に限らず、ビジネス書籍の分野でも古典流行りだ。
例えば、ドラッカーや松下幸之助の本が“温故知新的なPR文句”で
書店に並んでいたりする。これも結構売れているようだ。

個人的には、彼らの著作を“古典”と呼ぶのは憚られるのだが、
このブームに乗って?過去の良質なナレッジが見直され、多くの
ビジネスパーソンの目に触れることは大いに結構なことだと思う。
さりながらビジネス分野における“古典ブーム”は、
残念ながら、大体一過性で終わってしまうことが多いようだ。

私がこの業界に身を投じた5,6年前、研修中にドラッカーの話を
引き合いに出した当社の講師にクレームが入ったことがある。

「今さら、ドラッカーはないでしょう…」
何もクレームを下さったその企業が特別だったわけではない。
“孫子”を引き合いに“戦略”を紹介した講師にも同様のことがあった。
当時の雰囲気は、おおよそこのようなものだったように記憶している。

私たちは、総じて“新しいもの”に惹かれる傾向がある。
その本質的な欲望が、社会の進歩に貢献しているのは間違いない。

しかし、人間という生き物の本質や人間集団の原理・原則にかかわる
ナレッジのほとんどは、先達たちの手によって既に明らかにされている、
私自身はそう考えている。それらのナレッジを軽んじてしまうのは、
やはり、私たちにとって大きな損失と言えるだろう。

そう言えば、この逆風下に絶好調と報じられるユニクロの柳井さんも、
座右の書はドラッカーだと聞く。世の中の移ろいに左右されず、
学ぶ人は学んでいる、それがいわゆる“古典”なのかもしれない。

ともかくも『論語読みの論語知らず』などとは言われたくないものである。

今日の一言 〜 ドラッカー『未来について』 〜

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米国証券大手の破綻が示すまでもなく、
我々の未来は常に予測不能である。

その予測不能な未来に関して、ドラッカーは複数の著作の中で、
同じ意味のことを異なる表現で繰り返し述べている。

その代表的な表現が、『創造する経営者(ダイヤモンド社)』にある。

『われわれは未来についてふたつのことしか知らない。
 ひとつは、未来は知りえない、
 もうひとつは、未来は今日存在するものとも、
 今日予測するものとも違うということである』


だからと言ってドラッカーは、
人は“ケセラセラ”で生きるべき、などとは無論言っていない。
誰にも本当の未来はわからない。だからこそ、

『不確実な明日のために、今日何をするかが大切なのだ』

というのが、彼の一貫した姿勢である。

目先の未来に汲々としている私などにとっては、
せめて、未来に対する“心構え”だけは持っていたい、
と思わせる一言である。

今日の一言 〜 ドラッカー◆悵嫐のなくなった成功は、失敗よりも害が大きい』 〜

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今日の一言、
今回も前回に引き続きドラッカーの「マネジメント」から。

『意味のなくなった成功は、失敗よりも害が大きい』

一般に、大きな成功体験を持つ企業がつまずく原因は、
その成功体験に捕われてしまっているせいだ、などと言われる。
古今東西、企業の栄枯盛衰の歴史がそのことを物語っているのだろう。

また、この言葉は私たちにとっても常に重要な問題提起をしてくれている。

私たちは創業以来、ほぼ変わらぬビジネスモデルで食ってきている。
曲がりなりにも20年以上、事業が続けられていること自体は喜ぶべきこと
ではあるものの、変化の早いIT業界からこの業界に飛び込んだ私には、
そのこと自体が経営上、最大の不安要因ともなっているのだ。

もちろん目先の経営を考えれば、本業の研修事業がユニゾンを支える必要がある。
されど、このまま永遠にこの事業だけで食っていける保証はどこにもない。
この言葉を思い出す度に、やはりビジネスはチャレンジし続けることこそ
肝要なのだろうと、自らを叱咤するのだ。

ちなみにドラッカーは、数多くの著作の中において、
一貫してイノベーションの重要性を説いている。
企業の目的は顧客を創造することであって、その役割はイノベーションと
マーケティングに限られる、とまで言っていることもある。

イノベーション、言うは易く行うは難し。
今となっては、生半可な覚悟ではとても語れない言葉だ…。

今日の一言 〜 ドラッカー 愽坡亮造別斉のために今日何をなすべきか』 〜

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今日の一言は、最近新訳本が順次刊行されている
P.F.ドラッカーの「マネジメント」から。

ドラッカーの著書には、ビジネスパーソンにとって、
至言とも呼べる言葉が数多く記されている。
今後も『今日の一言』でご紹介することがあると思うので、
ドラッカーの言葉には、,,…と連番を振っていくこととする。

今回ご紹介するのは、私が気に入っている言葉の一つ。

『最大の問題は、明日何をなすべきかではない。
 “不確実な明日のために今日何をなすべきか”である』


私がこの言葉と出会ったのは、苦しい決断を迫られていた時期。
ドラッカーがこの言葉に込めた意図とは異なるのかもしれないが、
この言葉のお陰で、決めることを先送りにしたい気持ちを押し返して、
前に進むことができたと言っても良い。

ところが、喉元過ぎれば熱さを忘れるのが人間である。
日々の仕事に追われてしまっていると、つい先送りにすることが増えてくる。
そんなとき私は、反省とともにこの言葉を思い出すようにしている。

そして、この言葉を噛みしめる度に、
明日への不安を振り払うことができる唯一の方法は、
“明日のために今日、精一杯の準備をすること”と肝に銘じ(直し)ている。

完全なコミュニケーションとは…

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職場のコミュニケーション不足が問題視されて久しい。
コミュニケーション不足は、従業員のモチベーションを阻害し、
メンタルヘルスを害する要因となり、組織の活力を失わせている…
などといったところが、卑近な問題となるであろうか。

このコミュニケーション不足を解消するために、昨今多くの企業では
ハード面、ソフト面問わず多大な投資をしている。我々のような研修を
提供する事業者も、一面ではその恩恵に預かっていると言えなくはない。
事実ここ数年、私たちの研修サービスにおいても、上司・部下との対話に
フォーカスした管理職研修の人気が高いからだ。そのような管理職研修では、

「どのようにすれば、部下との対話が増えるのか?」
「どのような対話をすれば、部下がやる気になるのか?」
「部下を育成するには、どのように褒め・叱ればよいのか?」

といった対話のハウツーをご紹介することも多い。しかし、管理職が対話の
ハウツーを会得したからと言っても、それが、部下のモチベーション向上や
メンタルヘルスを損なう部下の減少、組織の活性化に直結するわけではない。
いわんや、うわべだけの対話をいくら増やしても問題は解決しないはずだ。
対話はコミュニケーションのあくまでも一部に過ぎないからである。

では、コミュニケーション不足を解消するためにはどうすれば良いのか?

私自身が一つのヒントとしているのが、
『完全なコミュニケーションとは“経験の共有”である』という考え方。
これは、P.F.ドラッカーの著書「現代の経営」から拝借した言葉である。
彼は、コミュニケーションを“情報”ではなく“知覚”だと説いている。

すなわちコミュニケーションとは、情報そのもののやり取りを必ずしも
必要とするものではなく、その「場」を共有することによって、喜怒哀楽の
感情をも共有した時に初めて完全に成立するものである(と私は解釈している)。

そのように考えてみると、コミュニケーション不足を問題視する職場には
従業員同士が共有する「場」がなく、喜怒哀楽の感情を共有する「仲間」が
いないことが多いことに気づく。

そのような職場を預かる管理職は、
“話す・聴く”といった情報をやり取りするコミュニケーターとしての
スキルを磨く以前に、「俺たちは同じ釜の飯を食べているんだ!」という
雰囲気づくりにこそ力を注ぐべきではなかろうか。そのためには、
「同じ釜(共通目標)」を明確にし、“本気”で共有しようとする姿勢を
示すことが何よりも重要である。

経営の本質

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「マッキンゼー 経営の本質」
は、
マッキンゼーの発展に多大な貢献をしたと言われる
マービン・バウアーの代表的な著作である。

この本を読もうと思うきっかけをくれたのはあるお客様。
「私はドラッカーよりマービン・バウアーで勉強した」
との言葉に興味を覚え、一気に読破した。


読み終えて感じるのは、時代がどんなに変わっても“人”が形作る
“組織”という人間集団の原理原則は大きく変わることはないだろう
ということである。

マービン・バウアーはこの書の中で、
組織の長たる経営者は“目先の利潤”だけに捕らわれることのない
確固たる意志と経営理念を示し、方針と計画によって従業員を動機づけ、
環境変化に即応できる経営システムを作り上げていくべきである、と
繰り返し説いている(unison1意訳)。

この本が出版された1966年から40年以上経った今日、
バウアーが唱えるような経営を標榜しながら、現場の末端にまで
彼が言うところの経営システムが機能している組織は極めて少ない。

バウアーにせよ、ドラッカーにせよ、この時代の著作には、現代の
市場原理主義社会における“人と組織のマネジメント”の難しさを
予見していたかのような先見性を感じることができる。

管理職にとっては組織の戦略や方針を策定する際のハウツー本として、
また、問題意識の高いビジネスマンにとっては多くの示唆に富んだ
ビジネス書の名著として、お薦めの一冊である。

再考:経営管理の目的〜圧力ではなく活カヘとつなげるには〜

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「管理」という言葉に生理的嫌悪感を覚える人も少なくない。
全体主義、独裁体制、規制、しめつけ、といった連想につながりやすいからだろう。

管理を意味する代表的な英単語としては、コントロールとマネージがある。
コントロールは「統制・支配する」といったニュアンスが色濃く、
マネージの方は「なんとかうまくやる」という意味合いがあるようだ。

コントロールとしての管理には抵抗がある人でも、
マネジメントとしての管理には進んで従っている場面もよく目にする。
芸術家や職人さんなどは、他人からの指図を嫌うタイプとしてすぐ思い浮かぶが、
コンサート中に演奏者が指揮を無視したりはしない。
「良い作品を仕上げる」という目的のためには、
コンダクターの「管理行為」にきちんと、しかも前向きに従うのである。

企業においても同様であろう。
管理者が「統制・支配のための管理」を行おうとすれば反発が生まれよう。
管理者とは「管理する人」ではなく、「管理を通じて良い成果を生み出す人」
なのだという原点を忘れてはならない。また、管理の本来の目的を考えたときに、
特に警鐘を鳴らさなければならないのは「管理放棄管理者」の存在である。

部下の自主性の尊重という美名のもとに、実質的には放任し、混乱させ、
組織文化を破壊し、経営破綻の元凶となっている。
このような「仕事をしない管理者」を生み出すのは、
同様に「仕事をしない上位管理者」が原因である場合もある。
「あいつを課長にするんじゃなかった」などと言う前に、
自分自身のマネジメントのあり方を振り返ることが重要であろう。

管理行為の不在、あるいは管理行為がもし圧力と受け止められているとすれば、
管理者の思想か手法のいずれかに間題がある。
そこで、活カヘつなげるための管理のあり方について考えてみたい。

○○管理という言葉を拾いだしてみただけでも、何十という種類がある。
これらの中から「成果」と「活カ」をキーワードとして、全ての管理者に共通する
ものを整理すると、以下に述べる「5つの管理領域」が浮かび上がってくる。
いやしくも管理職という立場にある以上、これらについての管理行為を行うことは
「ノブレス・オブリージ(職位に伴う義務)である」
という自覚を持って立ち向かっていただきたいものである。

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古ミュニケーション?

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かのP.Fドラッカーの言葉に、
“経験を共有することこそ、完全なコミュニケーションをもたらす”
というものがあります。

この言葉を借りるなら、
私が学生時代の友人と今でも親しくつき合っていられるのは、
いろいろな経験を一緒にしてきたからと言えるかもしれません。

社会人になったばかりの頃は、
学生時代のような友人はできないのではないかと思い、
とても不安だったことを覚えています。
しかし、実際はそうではありませんでした。

“会社”とは全員が同じ目標を共有し、ゴールを目指している集団です。
そのような集団でコミュニケーションに問題があるというのは、
それぞれの役割が分割・整理されすぎていて経験を共有することが
難くなっているのだと思います。

「昔に比べるとコミュニケーションが随分と減っている」という話を、
多くのお客様先で伺います。これには様々な原因があるのでしょうが、
一つには職場にITが浸透したことが挙げられるのではないでしょうか。
お互いが face to faceで話をしなくても、仕事に差し支えることのない
職場環境が整っているとも言えるからです。

そのような職場が多くなっているからでしょうか、
一方で“社員旅行の企画をしている”という話を聞く機会もあります。
すっかり死滅しているものだとばかり思っていた“社員旅行”。
私などはめんどくさく感じるところもありますが、お客様の話を伺っていると、
社員旅行は職場の仲間と同じ時間・経験を共有する上で、とても有効な手段
なのではないかと思うようになりました。

古くても新しいコミュニケーションとして見直されているのかもしれません。

三人の石切工

P.F.ドラッカーの著書を読み返していると、
三人の石切工の話が出ていた。

有名な話なので、ご存じの方も多いと思うが、少しご紹介すると…
石切工3人に「あなたは何をしているのか?」と質問したところ、
それぞれ次の回答が出た。
 嵎襪蕕靴鯲てている」
◆嶌嚢發寮仞擇蠅了纏をしている」
「教会を建てている」
この中で誰がマネージャーかと問うと、3番目の石切工である。
という話である。

この話を読み返し、よく似た話が多々あることを思い出した。
石切工が2人になったり、石切工からレンガ職人に置き換わっていたり。
また、誰がマネージャーかという“問い”も変わったりする。

よく考えるとこの手の“同じ事象を様々な例えで紹介している小話”や、
“よく似た小話で違う結論を導き出している例え話”が、研修時に
活躍することは多い。
研修講師という生き物は、“人に気付きを起こして頂く”ため、
日々頭を悩まし続けている。
おそらくその為に、過去から創作活動を重ねる講師達が、日々刻々と
話しを変化させているのである。

その結果、「あれ?どこかで聞いた話だけどなんか違う…」と思う
小話が大量に存在する。
以前、この類の例え話をした際、受講されている方の一人から、
「その話、間違えています!」とご指摘いただいた。
加えて、そもそもの出典や原作者まで教えてくださった。

是非、元々の“いわれ”を突き詰めるよりは、何を伝えたかったかを
感じていただきたかった。
私の力及ばずである。反省。

凡人を非凡たらしめるもの

「凡人に非凡なことをさせるのが組織の目的である」

そのような主旨の言葉を述べたのは誰であったか?
ドラッカーだったかな?思い出すことができずに、
ネットの海に漕ぎ出してみたら、ある言葉に出会った。

「凡人とは、自分のできることをしないで、
 できもしないことをしようとする人である」

フランスの作家、ロマン・ロランの言葉だそうだ。

凡人を非凡な人たらしめるのは、
できることを着実に積み重ねていくこと。

このシンプルな言葉には、真実の重みを感じる。

そうなのだ。私のような凡人は、
日々の怠け心・逃げ心に打ち克つことこそ重要なのである。

ちなみに冒頭の言葉は、
イギリスの経済学者ベヴァレッジがその著作で述べており、
ドラッカーも同様のことを述べている。
ユニゾンの書籍


『はじめての管理職100問100答』

(株)ユニゾン 堤幸政/河村亜紀 著

明日香出版社

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