ユニゾンのENSEMBlog

「人と組織のマネジメント」にユニークな価値を提供し続ける企業
「株式会社ユニゾン」
マネジメント研修を事業のドメインに据える
同社の社長とスタッフたち(ときどき)とで綴るブログです。
頻度はそこそこ、中身は真面目にがモットーです。

リーダーシップの“へそ”

リーダーの陣頭指揮

部長が課長を飛び越えてその部下を直接指揮する。
このように、指揮命令系統をショートカットして上位役職者が
直接指揮を執ることを、私たちは「短絡指揮」と呼んでいる。

この短絡指揮が、“原則”好ましくないことであるということは、
以前このブログでも取り上げたことがある。
(ご参考:『上司の「短絡指揮」にどう対処するか?』

しかし、リーダーは絶対に短絡指揮を執ってはならないか?
と言えば、もちろんそんなことはない。時と場合によっては、
リーダーが陣頭に立って指揮を執らなければならないことがある。続きを読む

リーダーは“ラポート・トーク”で語れ

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3年ほど前にこのブログで、昨今のリーダー方が、
左脳に偏重したリーダーシップを執る傾向があると述べた。

※過去記事をご参照下さい。
『左脳偏重型リーダーシップの落とし穴』

私は今でも、というより、
その時以上にこの傾向は強まっていると感じている。

先日、少し古い日経ビジネス(6月8日号)を読んでいたら、
米国のオバマ大統領が語る言葉の傾向と、
企業を変えるリーダーたちが語る言葉の傾向は似ている、
という記事が目に留まった。

その記事によれば、彼らに共通しているのは、
論理的な言葉よりも、共感や信念といった他者を巻き込み、
他者を主人公にさせる言葉を用いる点なのだそうだ。

言語学の世界では、事実や情報を聞き手に伝えるために、
数値などの定量的な情報を挙げて論理的に話す話し方を、
リポート・トーク(report talk)と呼ぶらしい。

他方、聞き手との心理的なつながりを構築するために、
自らの考えや感じたことを相手に訴えかけようとする話し方を
ラポート・トーク(rapport talk)と呼ぶそうだ。

※“ラポート”とは“ラポール(仏語:rapport)”に同じ。
 “相手と心が通い合った状態”を表す言葉で我々の業界では、
  営業研修やコミュニケーション研修などでなじみ深い言葉。

すなわち、彼らに共通しているのは、
“ラポート・トーク”で話しているということ。

なるほど。
私がかつて“左脳偏重型リーダーシップ”と呼んでいた傾向は、
主にリーダーたちが語る言葉に現れていた。

誰もが少し考えればわかるようなことを上手く話せたからといって、
それで部下が奮い立ったり、組織に活力がみなぎったりはしない。

「実際、あなた(リーダー)はどう考えているのか?」

このことを自分の言葉で語ること、ラポート・トークで話すことが、
今日日のリーダーには強く求められているのではないだろうか。

自己啓発の“押しかけ宅配”

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昨今のビジネスパーソンは、おしなべて自己啓発に熱心だ。

特に、20歳〜30歳代の若手リーダーたちにその傾向が強いと感じる。
中には、100万円もの身銭を切ってビジネススクールに通ったり、
ビジネス書を年間200冊超も読んだりしているような強者もいる。

無論、大半の人はそこまではいかないまでも、この世代のリーダーには、
『知識欲が旺盛でインプット力が高い』という共通点が挙げられそうだ。
そしてこの点は、この世代のリーダーたちの美点であると言って良い。

しかしながら、研修事業に携わるものとして大変残念に思うのは、
そんな彼らが自らの自己啓発で得た知識や気づきを、周囲に対して
積極的には開示しようとしないことである。

実際、私たちの若手リーダー研修などで発せられた彼らの発言からは、
“そんなに知識があるのなら、後輩や部下に教えてあげれば良いのに”と
思われることが少なくない。

なぜ彼らは自己啓発で得た学びを積極的に開示しようとしないのか?

私たちが見る限り、その理由は“自分が独力で学んだのだから、
他人に教えるなんてもったいない”と彼らが思っているからではない。
今時の若手にそんなケチな了見を持っている人はまずいないだろう。

では、その理由は何か?と問われれば、“他人からのお節介を嫌う
彼ら共通の価値観に根ざしているから”という答えになりそうだ。

例えば、彼らは“他人は既に知っているのではないか?”と
思われるような知識や気づきを周囲にひけらかしたがらない。
また、仮に“誰かに教えてあげたい!”というような知識を得たとしても、
「こんなことを学んだんだけど知ってた?」などとは言いたがらない。

どちらも、自分が逆の立場なら『要らぬお節介』と感じるからである。
それは、“本人の自発的な意志なくして『学び』は成立しない”という
学びの本質を彼らがよく知っているから、と言い換えることもできる。

そのように考えると、彼らが自己啓発で得た知識や気づきを積極的に
開示したがらないのは、ある意味、合理的であると言えるかもしれない。
それでも私たちは、このような若手のリーダー方に対しては、
敢えて『自己啓発の“押しかけ宅配”』をお勧めしたいのである。

ビジネスは時間との戦いである。限られた時間の中で、自分の後輩や
部下の自発的な成長を根気強く待っているだけの時間はないのだ。
自らが得た学びを積極的に彼らに開示する=“押しかけ宅配”をする
ことで、彼らとのコミュニケーションの機会と量を増やすとともに、
彼らの“学び心”を刺激してやる必要性がリーダーにはあると思う。

「実はこんな本読んだんだけどさぁ…」と、まるでテレビの話題でも
する位のタッチで、この種の話ができればしめたものである。
もちろんこれは、なにも若手リーダーに限った話ではない。
世のすべてのリーダーには、自らの学びを“恥ずかしがらすに”、
周囲に対して開示する癖をつけていただきたいものである。

背中の使い方

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リーダーたる者、背中を上手に使わなければならない。

こんなことを言うと、大半の方は、
背中で部下たちを引っ張ることを想像するかもしれない。
無論リーダーには、後ろ姿(背中)で部下たちを導くこと、
すなわち、率先垂範が欠かせない。

チームの指揮官であるリーダーが部下たちに、
“本気でやり遂げるんだ!”という姿勢を見せなければ、
チーム全体の士気が上がることはないだろう。
従って、リーダーが自分の背中で部下たちを引っ張る姿勢を示すことは、
リーダーシップを発揮する上で、極めて重要なファクターであると言える。

しかし、「俺の背中についてこい!」とばかりに、
“しゃにむに”率先垂範を示すだけではダメである。
なぜならば、率先垂範には空回りがつきものだからだ。

この率先垂範の空回りは、特に優秀なリーダーに見受けられる。
大方の場合、そんなリーダーは部下たちから特別視されている。
そのようなリーダーがいくら頑張っても、部下たちがついてこない、
などいうことが結構あるのだ。

それは、彼らが“リーダーのようにはできない”と諦めてしまっているか、
はなからしらけてしまっているか、のいずれかであることが多い。
リーダーが部下たちのそんな心理状態を顧みようとしなければ、
率先垂範は空回りをし続けることとなる。

部下たちが思うように動いてくれないと焦るリーダーは、
チェックを厳しくしたり、自分ばかりが喋る名ばかりの対話を増やしたりと、
部下たちの動きを目をギョロギョロさせて見るようになってしまうのだ。

こうなると部下たちは、ますます萎縮してしまうか、しらけるか、
リーダーに“おんぶにだっこ”の状態になるかしかない。
まさに悪循環である。

そうならないためにも、リーダーは『自分の背中に目と耳を持って』、
部下たちの動きと心理状態をしっかりと把握しようと努めなければならない。

これが、もう一つの背中の使い方である。
目をギョロギョロさせて部下たちを見るのではなく、
後ろ姿(背中)で感じることが重要なのだ。

「見ていないようで、しっかりと見ていてくれた…」
良いリーダーを語る部下たちの、こんな言葉に象徴される
リーダーの背中の使い方もあるのである。

ええでぇ、あかんでぇ

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私は生まれも育ちも関東の人間だ。
よって、私が喋る言葉はいわゆる“標準語”にあたるのだろう。

私のような関東人にとって、関西弁はインパクトの大きな言葉だ。
肯定的に捉えているか、否定的に捉えているかは分かれるところだろうが、
いずれにしてもその響きは、耳から記憶にすり込まれるかのごとく、
強烈な印象を伴って、多くの関東人の脳裏に刻み込まれているはずだ。

さて、その関西弁。個人的な見解を述べさせてもらえば、
部下や後輩を褒めたり、叱ったりするのに最適な言葉である。

関西弁で褒めるのなら「ええでぇ」「最高やで」「ようでけた」…、
叱るのなら「あかんでぇ」「あかんがな」「だめやないか」…あたりか。
(ほんまもんの関西の方が見たら“ちゃうちゃう”とおっしゃる向きも
 あるかもしれません。その節は何卒ご容赦下さい)

標準語だと、こうはスラッといかない。
褒めるのなら「すごいじゃん」「素晴らしいよ」「よくやったな」…、
叱るなら「ダメじゃないか」「何をやってるんだ」「君らしくないな」…、
と何やら“しゃっちょこばっていて”いけない。

褒める・叱るで大切なのは、相手(部下や後輩)に対して、
.轡腑奪が大きくなりすぎず、△海舛蕕凌新さが伝わるような、
C擦ぅ札鵐謄鵐垢如⊆損椶垢襪海箸世隼廚Α
そう言った意味では、関西弁は上司の強力な武器となるはずだ。

だからかと言って、関東の上司が関西弁を多用するのもいただけない。
聞き苦しい不自然な関西弁で叱られようものなら、部下や後輩たちは
心の中で「お前はアホか!」と突っ込みを入れること請け合いである。

関東の上司はやはり、関東の言葉で褒めたり・叱ったりすることを
工夫をしていく必要があるだろう。

スピード時代のリーダーに求められるもの

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野球の日本代表チーム、キャプテンの宮本選手は、
メンバーとのコミュニケーションがとても多いそうです。
雑談や冗談話から大事な話まで、とにかくメンバーと話をする
機会が多いキャプテンなのだそうです。

彼を評してコーチの一人が、

「代表チームは、言うなれば寄せ集めのチーム。個人の能力や実績は
 一流でも、チームとしてのまとまりには不安が残る。しかも、短い
 期間内に成果を出すことが求められる。そのため、キャプテンは
 少しでも早くメンバーをまとめ上げなければならない。
 そのためには、昔ながらの“背中で導く”ようなリーダーではなく、
 彼のように“自分の言葉で語る”リーダーが必要だ」
 
と話していました。
 
私は、野球に関する知識が全くありません。しかしこの話を聞いて、
昨今のビジネス環境も全く同じだなぁ…と、感じました。

グローバル市場で戦い、人材の流動化も著しい昨今においては、
企業組織もこの日本代表チーム同様、少しでも早く組織をまとめ、
成果を上げることが求められています。

そのような現代の組織には、やはり宮本選手のようなリーダーの存在が
欠かせないのではないでしょうか。もちろん“背中で導く”リーダーを
否定するものではありません。リーダーが後ろ向き(背中が見えない)
だったり、猫背(元気がない)だったりするような組織は、
成果もメンバーのモチベーションも上がりません。

ただ、スピーディーに組織を機能させる、スピーディーに部下を育成
するためには、何はなくとも、豊富な量のコミュニケーションが重要
になってくるのは間違いないようです。

いや、でも、ただ

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多くの管理職にとって10月は、部下との対話が多い月である。
3月に年度末を迎える企業では、自社の目標管理制度に則って、
上期の評価面談及び、下期の目標設定面談を実施するところが多い。

これらの面談における部下との対話は、
管理職にとっても緊張を強いられるもの。
厳しい評価結果を伝えなければならない場合や、
より重い負荷を引き受けさせなければならない場合があるからである。

そのような対話に臨む際、自分では意識をしていないにもかかわらず、
つい“居丈高に説得しよう”とする管理職がいる。多くの場合、
本人(部下)にとって好ましくない話を“しっかりと納得させなければ!”
という想いから、そのような姿となってしまうようである。しかし、
それでは“強引にねじ込まれた”という印象を部下から持たれかねない。

もちろん、キチンと伝えるべきは伝えなければならない。
気をつけたいのは“居丈高にならないように対話をする”ことである。
すぐにでも実践できるポイントとしては、部下が話したことに対して
「いや…、でも…、ただ…」と話を返さないことである。

部下の話をこれらの言葉で受けてしまうと、
部下は“上司は私に理解も示さず、頭ごなしに否定された”と感じてしまう。
これらの言葉で受けたいところをグッと堪えて、「なるほど…、そうか…」
などの肯定の受け言葉に置換して対話を進めるのである。
これだけで、対話の風景は随分と変わるはずである。

言われたことしかやらない

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現場のリーダーたちに若手部下に対する悩みを聞いてみると、
十中八九が「言われたことしかやらない」と答える。

「言ったことをやってくれる若手がいるなんて素晴らしいじゃないか!」
とおっしゃる方もいるかもしれない。けれども、今どきの若手部下たちに
“自発性を持って仕事に取り組んで欲しい”と切望するリーダーは実に多くいるのである。

“今どきの若手が、なぜ言われたことしかやらないのか?”と問われれば、
当て推量でいくつかの原因は挙げられるであろう。例えば、

「彼らは現在に至るまで“与えられる”ことに慣れきってしまっている
 ので、仕事は与えられるものであると認識している」とか、

「彼らにとって仕事は単に“報酬を得る手段”に過ぎないので、進んで
 必要以上の業務をやろうとはしない」とか、

「彼らは“自他共に個人を尊重する意識が高い”ので、他人(上司・同僚)
 の邪魔にならないよう、自分のことだけをしっかりやっていれば良いと
 考えている」など。

評論家風に言わせれば、
今どきの若手には上記のような傾向もあるのかもしれない。
しかし、かようなことをぼやいていても仕方がないのである。

彼らが「言われたこと以上のことをする、あるいは、言われる前にする」
ようになるには“リーダー自身が意識して取り組まなければならないこと”に
焦点を合わせるべきであろう。

「若手部下が言われたことしかやらない」
と悩むリーダーはおしなべて、彼らに対する指示や指導が多い。
彼らにじっくりと考えさせることも必要なのに、つい口を出してしまう。

若手にすればリーダーが懇切丁寧に指示や指導をしてくれるので、
自分で考える必要もない。自分で考え行動して下手に怒られるのであれば、
黙って指示や指導に従った方が楽だし効率的である。

このような悩みを持っているリーダー方には一度、
自分と若手部下との対話の様子を客観的に俯瞰してみることをお勧めする。
“若手に相づち打たせて、自分が9割しゃべっていた”などということが
発見できるかもしれない。

部下育成の基本的な考え方

管理職が部下を育成するには、
(1)情報や機会を与えて育成する、
(2)高い目標を任せて育成する、の大きく2つの方法があります。

(1)は、仕事に必要な知識や技術、組織で活動していくために必要な躾(しつけ)や
ルールを教えたり、それらを学ぶ勉強会や研修などの機会を作ってあげることです。
この方法は、仕事をする上で欠くことのできない基本的な能力開発を図るのに適しています。

例えば、新入社員であれば社会人としての基本動作や会社のルールを、
営業職であれば商談技術や商品知識を、
システムエンジニアであれば新しい開発環境や開発言語を、
それぞれ管理職が指導教育したり、OJTや研修を通して身につけさせることを指しています。

それに対して(2)は、高い目標を部下自身の力でやり遂げさせて部下育成を図る方法です。
この方法で絶対に欠かせないのが、部下自身の目標達成への意欲です。そのために管理職は、
部下自らが高い目標にチャレンジする意欲を引き出す動機づけをしなければなりません。

「なぜ、この目標をあなた(部下)に任せるのか」その部下の成長への期待と管理職としての想いを、
部下に“しっかりと引き受けさせる”必要があるのです。その上で、部下が自分の力で
目標を達成できるよう指示・指導するのではなく「支援」をするのが、この育成方法のポイントです。

管理職はこれら2つの方法を、部下1人ひとりの能力や経験、育成したい内容によって
使い分けていきます。一般的に、新入社員や経験の浅い部下に対しては、(1)を中心に
知識と技術を身につけさせて1人前の仕事ができるよう育成を図っていきます。
ただし、いつまでもこの方法だけで部下を育成しようとしてはいけません。
「わからなければ教えてもらって当たり前」という依存の意識が部下に根づいてしまう
恐れがあるからです。一定のレベルにある部下や少なくとも1年以上の経験を持つ
部下に対しては、(2)の「高い目標を任せて育成する」ことを中心に据えて
「部下を自発的に成長させる」ようにするのが、部下育成の基本的な考え方です。

そして、(1)(2)いずれの方法をとるにしても管理職は、「部下は必ずできる人だ」と
信じてかからなければなりません。「この部下には何をやらせても成長しない」と
管理職が思った時点で、部下育成は放棄されたと言ってもよいでしょう。
部下育成は、管理職が部下1人ひとりの可能性を信じて臨まなければ成功しません。
つまり「部下を信じて伸ばす姿勢」を管理職が失わないようにすることこそ、最も重要なのです。

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リーダーは、どこに汗をかくのか?

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第74第内角総理大臣だった竹下登氏の言葉に
『汗は自分で、手柄は人に』というものがあるそうです。

竹下氏自身がどのような人だったのかは存じませんが、
とても良い言葉だと思います。と同時に、これを実践するのは
なかなか難しいことだとも思います。

管理職研修を生業としている私たちは、様々な企業のTOPに
お目にかかる機会があります。そのような企業のTOPの方と
話をさせていただく度に感じるのは、冒頭の言葉をそのまま
やってのけている方が多いということです。

しかし、昨今の管理職を見てみると、この“汗をかく”という
言葉を、自分が現場に出て自ら成果を上げることと捉えている
方が増加しているように感じます。

同じ“汗をかく”にも、汗をかく場所によって違いがあると思います。
「額」「脳」「ハラ」の3つです。

「額に汗をかく」というのは、活動量を上げるということです。
「脳に汗をかく」というのは、頭をフルに使うということです。
「ハラに汗をかく」というのは、“ハラを括る”ということです。

管理職として、額や脳に汗をかくことはもちろん大切です。
その上で、ハラに汗をかかなければ、
管理職として良い仕事ができないと思います。

ビジネスとは矛盾ばかりです。
困難な状況下でも、額と脳に汗をかき尽くした上で、
ハラを括り責任を持って“エイッ”とチャレンジングな方針を
打ち出すことができるのが、本来の管理職の姿ではないでしょうか?
そんな管理職の周りには、自ずと優秀な人材が育ち、部下も本人も
良い仕事をしているように感じます。

暑い日が続いているというのに、“汗”の話で大変失礼しました。

管理職の率先垂範とは

「寝ていて人を起こすな」という言葉があります。
自分は管理職だからと言って、この言葉のように自分では何もせず、
部下たちの仕事ぶりを横目で眺めながらチェックしているだけでは、
リーダーシップを発揮することは到底できません。管理職には、
組織の先頭に立って部下たちの模範を示す「率先垂範」が求められるのです。

だからと言って、部下たちの仕事に首を突っ込み口を出し、
見ていられなくなったら手を出して、あげくに「どうしてこんなこともできないんだ!」
と足を出す(叱りとばす)のは率先垂範とはいえません。
これでは、部下たちに仕事を任せることができない“丸抱え”の管理職です。
また、部下たちの業務の手伝いをすることも率先垂範とはいえません。
それは部下たちからの“仕事泥棒”です。

管理職に求められる率先垂範とは、

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マンネリを打破するリーダーシップ

管理職がうまく経営してきた組織でも、
時間が経つにつれメンバーたちに活気が見られなくなることがあります。
多くの場合、その原因は「倦怠感」が生じてきたことにあります。
メンバーたちは現状に概ね満足しつつも、「なんとなく飽きてきた」
「刺激が乏しくて物足りない」という感覚を抱き始めるのです。
この倦怠感は、管理職のリーダーシップに大きな問題がなくても現れてきます。

このような「倦怠感」が多くのメンバーに現れてきたと感じたら、
管理職は自分たちの組織に変化を起こしていく必要があります。いわば、
組織に現れたマンネリを打破するためにリーダーシップを発揮しなければならないのです。

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できない理由

組織で仕事をしている限り、
自分の思うとおりに、事が運ぶことはまずない。
それは、管理職といえども同じである。

世のほとんどの管理職が、上役をいただく中間管理職である。
自分の決めたことが、直属上司に蹴られることもある。

やっかいなのは、部下からの提案を管理職たる自分が認めた上で、
直属上司に蹴られてしまった時である。

その際、部下に何と言うだろう?
「俺は良いと思ったんだけど、部長がさぁ・・・」
こんな台詞を吐いたことのある管理職は少なくないはずだ。
サラリーマンである以上、仕方のないことかもしれない。

しかし、管理職が“いつも”こんな調子だったらどうであろう。

部下には突き上げられ、あるいは無視され、
上役には管理職としての指導力を云々されてしまう。まさに、
中間管理職の悲哀を、絵に描いたような状態になるのではなかろうか。

自分の上役である直属上司を動かすことができるかどうか、
この一点で管理職の価値が決まる。
少なくとも、部下にとっては、そうである。

できない理由を、自分の上司や組織に求め始めると、
管理職は部下から見放されてしまうものである。

パワハラを防ぐ管理職の心得

録画してあった「特報首都圏〜爐い犬甅瓩鯀覆┐觴勸たち〜」
(NHK総合テレビで、3/2(金)19:30-20:00 に放映)を見た。

番組では、主に上司による“いじめ”の実例が紹介されていた。

職場のレクリエーションで企画されたバーベキューの幹事を断って以来、
上司から言葉や態度による暴力を受けるようになった、というケースや、
与えられた仕事の改善提案をしたことがきっかけで上司ににらまれてしまい、
最終的に解雇されてしまったケースなどである。

いずれも、いわゆる“パワーハラスメント”と呼ばれるケースであろう。
一般に、上司がその立場を利用して部下に精神的苦痛を与えることを
パワーハラスメント(通称:パワハラ)と言う。

昨今、このパワハラに神経をとがらせている企業は多い。
昨年4月に全国の地方裁判所で始まった「労働審判制度」を利用して、
パワハラ被害を受けたとして企業を訴える人も増えていると聞く。

このような状況下、「うかつに部下指導などできない・・・」
と頭を抱えている善良な管理職も少なくないのではなかろうか。

しかし、組織の成果に全責任を負う管理職にとって、
部下を指導すること、高い負荷を与えて部下を育成することは、
避けて通ることのできない大命題である。

部下に訴えられないようにするため、という極めて消極的な理由ではなく、
積極的に部下を指導し、部下育成を図る上で注意したい5つのポイントを
列挙してみる。

(1)人事や評価をちらつかせて言うことを聞かせようとしない
   −例えば、「今期もこの調子だと、この部署にはいられないよ」
    などの発言は御法度である。
    
(2)部下の人格を否定しない
   −「大体、君はだらしないよ!」、「お前がいると暗くなるんだ!」
    「お前は言われたことだけやっていればいいんだ!」など、
    部下の人格を傷つけるようなことを口にしてはならない。

(3)何が問題なのか?に焦点を絞る
   −部下のどこに問題があるのか、を探すのではなく、何が問題なのか、
    に焦点を絞って問題解決を図る。部下自身に考えさせるよう導く。

(4)負荷をかける場合、その目的と期待を部下の理解が得られるまで伝える
   −何のためにこの負荷をかけるのか、管理職自身の考えを、
    部下に理解してもらえるまで粘り強く伝える。
    
(5)美点尊重の精神を貫く
   −美点発見:部下の美点(良いところ)を見つけて、
    美点凝視:部下の美点をじっと見てあげて、
    美点活用:部下の美点を活かす
    これらの意識が肝要である。

管理職からすれば善意の指導も、パワハラと受け止められることがある。
そのように考えると、パワハラを防止するための最も信頼できる手だては、
上司と部下との間に緊密なコミュニケーションが通っていることだと言える。
そのためにも、日常の対話が極めて重要なのである。

管理職の人材格差を生む意志力の差

最近、企業間における人材格差という話を頻繁に耳にする。
主に、新入社員の研修企画の内容に水を向けた際、企業の採用担当者から
出てくる話である。
売り手市場と言われる昨今の就活動向を反映してのことかもしれない。

しかし、人材格差は何も新入社員に限った話ではない。
管理職層における人材格差も厳然たる事実として存在している。
優秀な管理職を抱える企業とそうでない企業。何がその優劣を分けているのか。

私たちの経験則に照らすと、
優秀な管理職を抱えている企業は、おしなべて管理職を鍛えていると言える。
常に変化を生じさせ、より高い負荷をかけて管理職のレベルアップを図っている。

他方、成果に対してのんびりとしている企業や、管理職に辞められたら困る
というような弱腰姿勢の経営をしている企業では、優秀な管理職をあまり見かけない。
管理職を鍛えていないからである。
または、鍛えているつもりでも鍛え方が間違っているからである。

では、管理職を鍛えるというのはどういうことなのか。
「鍛える」というのは、強い意志力を育てるということに他ならない、
というのが私たちの見解である。
その論拠となるのが、管理職研修時に多くの受講者が投げかけてくる一つの質問と、
同じ質問を投げかけたそれぞれの管理職の研修後の変化である。

一つの質問とは、「おっしゃることはわかっているんですが、なかなか
思うようにはいきません。何か良い方法はありませんか」という内容である。
強い意志があっても、方法論がわからなければうまくはいかない。
そういう場合は、具体的な複数の方法論を私たちは提示する。
強い意志を持つ管理職であれば、吸収も早く、効果も高い。
研修後に、必ず何らかの変化が現れる。

しかし、意志の弱さで実践せず、なんとか要領よくやっていきたい、という
姿勢を持つ管理職には、何をアドバイスしても無駄ということがある。また、
「意志の弱い人間ほど方法論を知りたがる」という一面があるようにも思える。

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“ぶれない”意思決定

管理職とは何をする人か?そう問われれば、
一つには、「意思決定をする人」ということができる。

一口に意思決定といっても、顧客や組織に与える影響力の大きさは、
意思決定を必要とするテーマや管理職の責任の重さによって異なる。
例えば、会社の命運を左右するような大きな意思決定もあれば、
部下の遅刻を叱責するか否かというような意思決定もある。

これらすべての意思決定に共通しているのは、
組織の構成メンバーにとって、意思決定を下した管理職の、
リーダーとしての価値を値踏みする指標となることである。

すなわち、管理職の下す大小一つ一つの意思決定が、
「このリーダーに本当について行って大丈夫か?」
ということを組織のメンバーに判断させる格好の材料となるのである。
その場しのぎの意思決定しかなさない管理職にメンバーはついていかない。
いわゆる“ぶれない”意思決定の重要性が広く説かれるゆえんである。

しかし、この“ぶれない”意思決定が、
現在・過去・未来にわたって、あるいは、ありとあらゆるテーマについて、
不変の“首尾一貫した”意思決定であるとするのは誤りであろう。

(一握りのカリスマ的なリーダーを除けば)大半の管理職も人の子である。
常に首尾一貫した判断を下せるわけではない。また、首尾一貫した意思決定が、
必ずしも、ビジネスにおける明日の成功を約束するというものでもない。
そんなことは、ほとんどすべての組織のメンバーにとっても常識である。

では意思決定において、何が“ぶれない”必要があるのか。

私たちが研修という場を通して出会う、どの組織にも存在する優秀な管理職に、
そのヒントを探してみると、彼らの意思決定に共通しているのは、
「自ら下した意思決定に対して強い責任感を持っている」ということである。

この点における彼らの“首尾一貫した”姿勢をして、彼らの部下たちも
「ウチのボスは“ぶれない”意思決定を下す」という評価を与える。
“ぶれない”のは、意思決定に対する管理職の責任感なのである。

そのように考えてみると、意思決定には二種類しかない。
責任を持って下す意思決定と、責任を持たずして無責任に下す意思決定である。

管理職とは何をする人か?
一つには、「“責任を持って”意思決定をする人」のことである。

部下の不平や不満にどう対応するか?

「部下の不平や不満に対してどのように対応すればよいのか?」

管理職研修の場で頻繁にこのような質問を受ける。多くの管理職が、
部下の不平や不満をどのように聴けばよいのか、どのように処理を
すればよいのか、明確な指針を持てずに戸惑っている様子が窺える。

昨今の管理職は概ね、部下の話に耳を傾ける姿勢を持っている。
このこと自体は大変歓迎すべきことである。
しかし、部下が発する不平や不満の処理を誤ることで、自らを
窮地に追い込んでしまう管理職も少なくない。

すなわち、
“話を聞いてもらったので、何らかの(前向きな)回答があるはずだ”
との期待を部下に抱かせてしまい、信頼関係を損なってしまうのである。
管理職は、部下の話、わけても不平や不満に耳を傾ける際には、
“部下の話に耳を傾ければ管理職には必ず責任が発生する”
くらいの覚悟を決めておく必要がある。

その上で、気をつけておかなければならないポイントが3つある。

”塋燭簓塰を歓迎する
 不平や不満は期待の裏返しと捉える。特に、管理職である
 自分自身への不平や不満に対してはこの姿勢こそ肝要である。

頭ごなしに否定しない
 最近では、部下が不平や不満を漏らした途端に否定する
 タイプの管理職は減ってきた。けれども部下が、あれも
 これもと不平や不満を並べ出すと“堪忍袋の緒が切れる”
 よろしく「大体、お前は・・・」と始めてしまう管理職もいる。
  
0属廚坊濤腓靴覆
 言質を取られるような軽はずみな対応は命取り。部下の
 考え違いや捉え違いに対しては、管理職としての考えを
 粘り強く伝える。決して妥協してはならない。
 また、上層部や経営方針への不平や不満に対しては要注意。
 安易な迎合が管理職としてのリーダーシップを破綻させる。

誤解なきように願いたいのは、
これで不平や不満が出なくなるということではない。
管理職がどんな対応をとろうとも不平や不満がなくなることはない。
組織にとって最も恐ろしいのは、不平や不満が隠れてしまうことである。
部下の口から不平や不満が出るということは、
その組織が健全な組織であることの証でもある。

部下の不平や不満を組織の活力に転じられるか否かが、
管理職としての腕の見せ所である。

職場のネグレクト

親が子育てを放棄すること(育児放棄)を“ネグレクト”と呼ぶそうだ。

何もごたいそうに横文字にしなくても、と思うのだが、
この問題に対する社会の関心を喚起するのには一役買っているのだろう。

ところで、この言葉を拝借するのであれば、
職場にも“ネグレクト”がある。上司の部下育成放棄である。

自分は方針を出さずに、部下に目標項目と目標値だけを与え、
あとは納期が来るまで放置する。その間に上司がやることといえば、
せいぜい「調子はどう?」程度に進捗を確認するぐらいである。

これでは、上司の責任で部下を育成しているとは言えない。
部下の責任を明確にし、その責任を引き受けさせ、完遂させる。
これが上司の部下育成責任である。

もちろん、上司が部下の育成を放棄したからと言って、
すべての部下が育たないことはない。自ら成長を遂げる部下も多い。
けれども、ネグレクトの上司のもとで育った部下には身につかないものがある。
それは、その組織への愛着と共同体意識である。

ネグレクトを経験した子供は、
改心して子育てを再開した両親に対して、なかなか心を開かないという。
会社を去る人材の中には、職場のネグレクト経験者が少なからずいるはずである。

「横の統制」とリーダーの役割

個人に個性があるように、組織にもその集団が持つ個性がある。

組織の個性を決定づける要素はいくつかある。中でも、
その組織における「縦の統制」と「横の統制」がどのように作用しているかは、
その組織を預かるリーダーのリーダーシップを考える上で極めて重要な要素と言える。

ここで言う「統制」とは、集団をコントロールする力のことである。
そして、「縦の統制」とは主に、上役が打ち出す方針や指揮・命令、
あるいは、評価や人事異動といった賞罰を含むフォーマルな統制である。

一方、「横の統制」とは、その組織を構成しているメンバーの心理や意識によって
もたらされるインフォーマルな統制である。

「縦の統制」に関しては、後日取り上げるとして、
今回は「横の統制」とリーダーの役割について触れてみたい。

「横の統制」の具体例は、営業組織を想像してみるとわかりやすい。
メンバーの中で自分一人だけが予算を達成していないような場合、
どのような心理状態になるだろうか。
おそらく、大方は「早く予算を達成しなければ!」と焦るのではなかろうか。
このような心理を持つのは、その組織において“目標未達であることは恥である”
という暗黙の合意が「横の統制」として機能しているからである。

また、これとは逆の例もある。
メンバー全員が常に目標未達で終わっている営業組織では、
大半のメンバーにとって“目標未達であることは恥ではない”。
目標未達が当たり前なので、
ひどい場合には、一歩抜きん出ようとするメンバーに対して、
他のメンバーが足を引っ張るような言動に及ぶことまで起こりうる。

このような「横の統制」が働くことで、
“業績意識の高い組織”や“業績意識の低い組織”という組織の個性が
形作られることがあるのである。

「縦の統制」を強化しても組織の体質がなかなか変わらないという場合、
リーダーは、この「横の統制」に着目する必要がある。

「横の統制」は、誰かの指揮・命令によってもたらされるものではない。
しかし、「横の統制」に大きな影響力を持つメンバーが存在していることが多い。

例えば、
業績はピカイチなのに報告書の納期を守らないメンバーが影響力を持っている組織では、
皆が揃って報告書納期を守らなくなる、というようなケースがある。

あるいは、その組織での仕事経験の長いスタッフが、リーダー不在時に
“虎の威を借る狐”のように振る舞っている、などというケースもある。

組織を預かるリーダーは、
このような「横の統制」に大きな影響力を持ったメンバー、
言うなればその組織の“影のリーダー”と、その他のメンバーとの関係に
アンテナを張っておかなければならない。その上で「縦の統制」を強行するのではなく、
「横の統制」に変化を生じさせる手を打つのである。

リーダーが打つべき手は様々考えられるが、
基本となるのは、その組織を引っ張り上げるメンバーを育成することであろう。
そのとき、育成対象とするのは“影のリーダー”とは限らない。
「誰」にこだわれば「横の統制」に変化を生じさせることができるのかを、
リーダー自身が見定める必要がある。

そして、そのメンバーを強制的に育てようとするのではなく、
本人が「よし、やろう!」とその気になるように、
粘り強く働きかけることが肝要である。
リーダーとしての自分の「想い」と、本人への「期待」に共感してもらうのである。


「横の統制」に変化を引き起こすことができれば、「笛吹けども踊らず」
というリーダーのフラストレーションも軽減されてくるはずである。

すごいぞ!ジョー。

先日の NHKスペシャルで、
シアトル・マリナーズ 城島健司捕手を取り上げていた。

日本人キャッチャーとして初めてメジャーリーグに挑戦した城島。
打撃では一年目の松井選手を上回る好成績を収めたものの、
その一年は、試練に満ちたものだったようだ。

城島が特に苦しんだのが、配球に対する日米の価値観の違いである。
日本ではキャッチャーがピッチャーをリードして配球を決める。
しかし、アメリカではピッチャーが配球を決める常識があるらしい。

配球には絶対の自信を持つ城島だが、
開幕当初からピッチャーは、彼の出すサインに首を縦には振らない。

番組では、試行錯誤を重ねる城島の姿を追っていた。
そして、城島がチームに受け入れられるようになるまでの課程で、
私の印象に強く焼き付いた彼の姿がある。

まず、ピッチャーと正面から向き合って対話を重ねる姿。
「なぜ、あの時のサインを受け入れてくれなかったのか?」
納得がいくまで話し合う。そのときの姿勢が、また素晴らしい。
「僕はわからないから教えてほしい」とねばり強く対話を仕掛けたそうだ。

次に、勉強を怠らない姿。自分が出ていない試合や、
過去の試合をビデオで見て、配球を熱心に研究する姿には脱帽した。

さらに、勝利に対する執念、これを示し続ける姿が挙げられる。
ランナーに跳ね飛ばされながらもホームを守った(得点を与えなかった)後から、
チームメイトたちの城島に対する態度が変化してくる。

そして、私が最も感銘を受けたのは、
変化を受け入れながらも自分の信念は貫き通す彼の姿である。

シーズンも中盤を迎える頃から、城島のリードは進化する。
ピッチャーのプライドに配慮した配球を受け入れつつも、
ここぞという場面で自分の信念は曲げないのである。

これらはいずれも、優秀なビジネスリーダーにも通じる姿である。
きっと、城島は監督になっても超一流となるだろう。
すごいぞ!ジョー。

対話の入り口

公開コースも実施している「MIP研修」は、
一言で言ってしまえば、リーダーの対話力を高める研修である。

部下や関係区の責任者(担当者)に対して、

“どうすれば、自発的に動いてもらえるか”
“どうすれば、プラスαの仕事をしてもらえるか”
“どうすれば、重い負荷を引き受けてもらえるか”

などの問題意識を持っていないリーダーは皆無であろう。

しかし、当の本人と対話をしてみても、なかなかうまくいかない。
対話の時間や頻度を増やしても、最終的には、
「どちらかが折れる=どちらかに不満が残る」程度の対話しかできない。
一体、何がいけないのか?

「MIP研修」では、皆さんにロールプレイングを実施してもらう。
最近の傾向として目立って多いのが、対話の入り口で躓いてしまうリーダー。
「○○だから、こうしなきゃならないよねぇ」と対話を始めてしまう。

この“○○だから”が大問題なのである。
市場がこうだから、会社の現状がこうだから、上司がこうだから・・・。
そこには、リーダーとしての自分の姿がいない。


自分はリーダーとしてどのような責任を引き受けたのか、
まずは、そのことを対話の相手に粘り強く伝えて共感を引き出す。
その上で、相手に協力を求める姿勢を示すことが肝要である。

リーダーの熱い想いを相手に引き受けてもらう。
MIP研修」で言うところの“想いの統合”があって初めて、
本気の対話がスタートできるのである。

“魅了”(?)の雑事

先日の無料セミナーにご出席いただいたお客様から、
ご質問のメールをいただいた。

“魅了の雑事”とは、どのような意味ですか?というご質問だ。
確かに当日、講師が「“みりょう”の雑事」と申し上げた場面があった。

日々、忙しい忙しいと走り回り、部下と対話する時間さえないというような
リーダーは、『忙し病』だという話の中で使った言葉である。

あっちやこっちの作業や業務を食い散らかして、完了させないままの
やりかけ仕事を抱え込むと、最初は大変だけれども、しばらくすると
忙しさが麻痺して気持ちよくなってくる。
そういう状態の場合、ご本人は「大変だ!」「もう嫌だ!」というが、
本気でその状況を変化させようと動くわけではない。

現代のリーダーは、本当に忙しい方が多い。
ただし、自分を忙しいリーダーだと思われる方は、
この『忙し病』にかかっていないか、チェックしてみる必要があるかもしれない。
手をつけた仕事は都度、完了させているか?
やりかけで、貯めてしまってはいないか?

忙しさが気持ちよくなり“未了の雑事”に“魅了”されては、
『忙し病』にかかってしまう。

“ネオX(エックス)”なマネジメント

マネジメント論において、
ダグラス・マグレガーが、その著書「企業の人間的側面」の中で述べた
「X理論・Y理論」をご存じの方も多いだろう。

人間は元来怠け者であるので、
強制や命令によるマネジメントが欠かせない、という「X理論」と、
人間は仕事をするのが本性であるので、本人が責任意識を持って
自発的に仕事に取り組ませるマネジメントが肝要である、という「Y理論」。

管理職の皆さんは、どちらのマネジメントスタイルが適切だとお考えだろうか?

おそらく、大半の方が「Y理論」を支持するだろう。

しかし、建前は「Y理論」に則ったマネジメントを標榜しているにもかかわらず、
実質は限りなく「X理論」に寄ったマネジメントスタイルを身につけてしまった
管理職がいるのも事実である。

すなわち、部下は怠け者ではないのだけれど、
本人が自発的に仕事に取り組む意欲と機会を奪ってしまう
“ネオX”なマネジメントが散見されるのである。

この“ネオX”なマネジメントスタイルに陥りやすい、
典型的な管理職のタイプが二つある。

その一つが、「丸投げタイプ」の管理職である。
今どき、“自分(上司)は寝ていて他人(部下)を起こす”ような
正真正銘の丸投げ管理職は少ない。むしろ、管理職自身も多忙であるケースが多い。

ここでいう丸投げとは、自身の職務に邁進しながらも、
部下には目標値だけを与え、あとは任せて管理する、という姿勢である。
自身の職務遂行に最も多くの時間を費やすこのタイプは、心ある部下から見れば、
私心濃厚(利己主義的)かつ、部下育成に無関心な上司とも言える。

もう一つが、いわゆる「丸抱えタイプ」。このタイプは、良く言えば責任感が強く、
自分が与えられた責任を何とかして果たそうとする。
それゆえに、部下の仕事を黙って見守っていることができない。
ひとたび問題が起きそうになれば、頭を突っ込み口を出し、
多くの場合は、自らが手も足も出して問題解決に当たる。

チームとして目先の業績や業務はこなしていくものの、
部下からすれば、結果的に「上司から言われたことだけやっていれば良い」
というような依存心を高めてしまう。

いずれのタイプも、部下自身の責任意識を刺激して
自発的に仕事に取り組ませるマネジメント(Y理論)とはほど遠い。
また、双方に共通しているのは、
部下育成に対する管理職の方針が欠如していることである。

換言すれば、育成方針を出さずに任せるのが「丸投げタイプ」、
育成方針を出さずに口を出すのが「丸抱えタイプ」とも言えよう。

育成方針とは、部下により高い目標をクリアさせる“いい仕事”をしてもらい、
部下自身が自発的に成長する流れを作る方針である。
この方針は、管理職が決意して、開示して、統合して、こだわらなければ遂行できない。

人と組織のマネジメントの優劣が企業の一点差勝負を決める、と言われる昨今、
50年近く前にマグレガーが提唱した「X理論・Y理論」は、
現代の組織におけるマネジメントを考える上でも、
貴重なヒントを提示してくれると言えるだろう。

左脳偏重型リーダーシップの落とし穴

先月配信のメルマガ「ユニゾンTOPICS Vol.19」より、
「リーダーシップの“へそ”〜左脳偏重型リーダーシップの落とし穴〜」
を公開いたします。

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一般に、左脳は論理的思考を、右脳は直観的思考をつかさどると言われている。
私は脳の専門家ではないので事の真偽は定かではないが、この説に則れば、
昨今の管理職は左脳型リーダーシップを発揮するタイプが多いようである。

管理職研修を担当していても、
論理的思考能力に問題がある管理職はほとんどいない。
むしろ、論理的思考能力が高すぎるのではないか?
と思われるほど優秀な管理職も多い。

そのような方に話を聞いてみると、
彼らが論理的思考を重視する理由をうかがい知ることができる。
代表的な話は以下のようなものである。

「若い部下は頭で理解しないと動いてくれない・・・」
「筋の通らない話は聞いてさえもらえない・・・」
「部下に理不尽な思いはさせたくない・・・」

そこには、理にかなった方向で部下を動かしたい・動かすべきであると考えて、
実践しようとしている管理職の姿が見受けられる。

今日日、ビジネスにおいて論理的思考能力は欠くことのできない能力である。
ところが、ことさらに論理的な納得感を得ようとするがゆえに、
かえって部下のモチベーションを下げてしまうリーダーがいる。

一言で言ってしまえば、
論理を重んじるがあまり、部下の感情を疎かに扱ってしまうリーダーである。

極端な例を引けば、
着任間もない、部下からすると名前しか知らないような管理職が、
会社の現状と自分たちの部署が置かれている立場、
今後やり遂げなければならない目標と、
その目標に到達するためのあるべきプロセスなどを、
それこそ理路整然と部下に説いたとしよう。

部下はグーの根も出ない。
お説ごもっとも、「ハイ、頑張ります!」と答えるしかないであろう。

しかし、部下の感情を推し量ってみるとどうだろう?
この管理職に対して、押しつけられ感や反発心は湧いてこないだろうか。
感情の繋がりが構築されていない人間関係において、
論理的思考に頼った説得は相手にとって、
納得感の押し売りと受け取られる危険性が高いのである。

リーダーの論理的思考能力の真価は、
部下がリーダーから、リーダーが部下から
「好感を持たれ・信頼され・期待され」
ていると相互に感じられる関係が構築されて、初めて発揮されるのである。

上司・部下の関係に限らず、
大半の人間関係において、感情は論理に勝るからである。

シンプル日報対話

上司と部下との間で、
日報対話をしている職場はどれくらいあるのだろうか?

上司と部下が顔を合わせる機会が月に数えるほどしかない、
そんな職場も最近では珍しくないようだ。

そこで、
乏しいコミュニケーションを補うツールとしてお勧めしたいのが、
シンプルな日報を活用した上下間のコミュニケーションである。

“こんなに忙しいのに日報まで書かせるのかよ!”

などとは思わないでいただきたい。ここで重要なのは、
以下、三つの約束事に則った「シンプルな日報」を用いることである。

・報告するテーマは三つより多くてはならない。
・各テーマに関して報告するトピックは「一つだけ」とする。
・最低一つのテーマに、上司が返答しなければならないものを設定する。

例えば、最近当社に入社した“unison neo”には、

・今日学んだこと
・今日わからなかったこと(※上司が返答しなければならないテーマ)
・上司に言いたいこと(※上司が返答しなければならないテーマ)

を、直属上司にメールで送ってもらっている。

当社も上役が不在がちなので、上下のコミュニケーション不足は否めない。
それでも、この日報の存在が「親密感の醸成」に一役買っていると感じている。

この程度の日報が研修会社の日報か?と思われてしまうかもしれないが、
ご参考までに、ある日のやり取りを追記で公開する。

続きを読む

ハイ、頑張ります!

営業所で所長と部下の営業マンが話をしている。

所長:「○○君、この案件は今月決まるよね?」
部下:「ハイ、頑張ります!」
所長:「よろしく頼むよ!」

これだけの対話で、案件が決まることばかりなら管理職は要らない。
月末近く、同じ所長と営業マンが話をしている。

所長:「○○君、あの案件どうなった?」
部下:「頑張っているんですけど、決定権者が出張中で月末まで
    戻らないらしいんですよ」
所長:「何とか決まりそうなの?」
部下:「ハイ、頑張ります!」
所長:「何とか頼むよ!」

この案件が当月中に決まったかどうかはわかりません。けれども、この営業所長が、
靴の上から痒いところを掻くような気分になっているのは容易に想像ができます。

しかし、「ハイ、頑張ります!」の一言で、
部下が責任を引き受けたと考えるのは、お人好しに過ぎる管理職か、
目標達成の全責任を放棄した放任管理職くらいのものです。
いずれの管理職も早晩、その地位を追われることとなるでしょう。

上記のような場合、
この営業所長は明らかなミスリードを犯していると言わざるを得ません。

営業マンの「ハイ、頑張ります!」には次のような“下の句”が続いているのです。
「頑張りますけど、想定外のことがあるかもしれません。約束は出来ませんよ!」。

では、管理職たるこの営業所長はどうすれば良かったのでしょう?

続きを読む

明るく、しばしば、傾聴する

メルマガ「ユニゾンTOPICS Vol.17」掲載記事
「リーダーシップの“へそ”〜明るく、しばしば、傾聴する〜」を掲載します。
当ブログにお越し下さる皆さまの中で、メルマガ配信登録がお済みでない方は、
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前回のメルマガでは、上司と部下との関係には親密感が欠かせないものである、
そして、親密感をはぐくむために、
まずは上司から部下に対話をしかけることが要諦である、とご紹介した。

では実際、どのように部下と対話をすれば良いのか?
今回は、部下との対話における基本的な3つのポイントをご紹介する。

まずは、「明るく」対話をすること。

これは、何にも増して重要なポイントである。
仕事柄、管理職研修の場で、部下から報告が上がってこない、
と悩む管理職にお目にかかる機会がある。

そのような方に、部下との対話を想定したロールプレイングを実施していただくと、
総じて対話の雰囲気が暗いことに気づく。

表情や声のトーンが何となく暗いというだけではなく、
目線すら合わせないような上司から、自分は好感を持たれているなどと、
部下は思わないはずである。

次に、対話の頻度である。「しばしば」対話をすることが必要である。

上司が対話をしかける場面で最も多いのが、仕事や業務の進捗チェックの場であろう。
しかし、部下との対話のほとんどがチェックに充てられているとしたら、
それは大変危険な状態であると言える。

「○○君、△△の件なんだけどさぁ・・・」
呼びつけるにしろ、部下の席に出向くにしろ、
上司が話しかけてくる時は決まってチェックを受ける時。
そう部下が身構えるような雰囲気は、つくるべきではない。
雑談も含め、「しばしば」声をかけることが欠かせないのである。

そして最後は、「傾聴」である。

手垢の付いた言葉ではあるが、それだけ「傾聴」することが難しいとも言える。
私たちの管理職研修では、
「三割しゃべって七割きく」を実践するようにお勧めしている。
にもかかわらず、ロールプレイングを拝見すると
「相づち打たせて九割しゃべる」タイプの管理職が非常に多い。

かてて加えて、部下の話を「聴く」のではなく、
「訊く(尋問する)」ような質問をしてしまうのである。
これでは、部下の心は貝のように閉じてしまう。
部下の話を「聴く」のは難しい。改めて、肝に銘じておく必要がある。

以上、3つのポイント
「明るく、しばしば、傾聴する」を簡単にご紹介した。
いずれも、ごく基本的なことである。
しかし、部下が話をしやすい雰囲気をつくるためには、極めて重要なポイントでもある。

管理職としてのリーダーシップのあり方や、部下との対話を見直したい方は、
是非、弊社のMIP(統合対話力強化研修)公開コースへのご参加をお勧めする。

うろつき上司

部下よりも上司の方が忙しくしている。
昨今の職場では当たり前の風景のようだ。

昔はそうではなかった。課長、部長、本部長・・・と
上位役職者になるほど、暇があるように見受けられた。
そんな記憶が皆さんにもないだろうか?

先日、あるお客様と昔の上司の話になった。当時は、
出勤すると上司が新聞を読みながらコーヒーをすすっていたものだとか、
上司がうろつきまわり、やたらと話しかけられて困ったものだとか、
くだらない駄洒落を連発する上司への対抗策を考えていたものだとか・・・
古き良き時代(?)の上司の話に花が咲いた。

翻って昨今の上司はいかがだろう?
デスクで新聞を読んでいるなどもってのほか、
部下に雑談でもしかけようものなら周囲から白い目で見られる、
当然、上司がうろつける雰囲気にはない。
そのような職場が多いのではなかろうか。

昔は良かった、などと言うつもりは毛頭ないのだが、
職場のコミュニケーションが希薄になっていると言われる一因は、
うろつかない上司の存在にあるのではないか?私はそう思っている。

折しも先週末、ため込んでいたビデオで、
NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」を見ていたら、
カードゲームのムシキングを開発した植村比呂志さん(部長)が、
部下の周りをやたらとうろつきまわる姿が紹介されていた。
彼曰く、部下が上司に話をしやすい環境を作らなければならない、
その信念の元に自分の今の行動がある(意訳)、とのこと。

植村さんの実績を部下は尊敬しているだろうし、
あまりにもレベルの低い駄洒落は連発しないだろう。
しかし、そんな植村さんでも部下の周りをうろつき続けるのは、
相当にしんどいことだろうな、と思う。

偶然、同じ番組を見ていたスタッフにこの話をしたところ、
「あんな上司がいたら、うかうかネットサーフィンなどできませんよね!」
とのたまう。なるほど。

高額のシステム投資をして、
従業員のメールやネット閲覧のログを監視する企業もあるようだが、
最もプリミティブ、かつ、最も効果があるのは
「うろつき上司」の存在かもしれない。

そこで、はたと気がついた。
当のスタッフは一体何が言いたかったのだろうか?

リーダーシップの“へそ”「悪い報告」

部下からの報告は早いほうが良い。
また、良い報告よりも悪い報告を早く知らせて欲しい。
大半の管理職はそう思っているはずです。

ところが、悪い報告はなかなか上がってきてくれません。

「申し訳ないのですが・・・」
おずおずと部下が報告をする頃には、問題が火を噴いてしまっている。
すぐにでも、全力で消火作業に注力しなければならない。

「どうしてもっと早く報告しないんだ!」
部下を怒鳴りつけたくなったことのある管理職は少なくないでしょう。

もちろん、部下の立場からすれば悪い報告はしたくない。
上司に知られないうちに火を消してしまいたい。その心情は理解できます。
しかし、問題を抱え込んでいるうちに火の手がまわってしまうことが多いのです。

ですから、部下は黄色信号が点った段階で素早く上司に報告すべきですし、
上司は部下からそのような報告があった際に嫌な顔をしない、
間違っても怒鳴りつけたりしないことが大切です。

また最近では、メールで上司へ報告するということも多いでしょう。
メールは大変便利なツールです。けれども、
悪い報告を上司から見えづらくしてしまう弊害もあります。

部下は無意識に、持てる限りの作文能力を駆使して、
悪い報告の悪さ度合いを薄めてしまう。
忙しい上司であれば、全てのメールを注意深く読み込むことなど不可能です。
お互いに悪意がなくても、結果的に危険な兆候を見逃してしまうのです。

先日、ある部長さんが、
「私は、悪い報告にはメールを使うなと指示しています」
とおっしゃっていました。私も同感です。

「体調不良で休ませてください」
「電車が遅れて遅刻します」

そんな連絡が部下からメールで入る。
管理職がそれを認めているような組織はかなり危険な状態です。

リーダーシップの“へそ”「親密感」

皆さんは、ご自分の上司に親密感をもっているだろうか?

仕事は業績という組織の共通目標を達成する行為であるからして、
上司に対して人間的な親密感を持つ必要などない、とおっしゃる向きもあろう。
無論、上司と部下の関係は家族や友人、恋人との関係とは異なる。
お互いの責任を果たすことで成立する契約関係と換言してもいいかもしれない。
ドライに契約を履行しさえすれば問題は起きないはずである。

ところが、現実にはそう簡単に割り切れないのが両者の関係である。

企業の業績目標は常に右肩上がりに上がっていく。
上司は、常に部下に対してより高い目標に挑戦させる必要がある。
部下も、より高い目標をクリアしていかなければならないことを頭では理解している。
理解しているにもかかわらず、
負荷がかかることに抵抗感を持ってしまうのが素直な感情ではなかろうか。
そして、その抵抗感は直接の上司に向かっていくことが多い。

極論してしまえば、上司が自分の責任を果たそうとすればするほど部下に疎まれる。
上司とは、煙たがられることを引き受けたような因果な役回りなのである。

しかし最近の職場では、煙たがられない上司も相当数いるらしい。
「上司と部下がうわべだけの人間関係しか築かない。
 部下に遠慮をして踏み込んでいかない上司が見受けられる。」
管理職研修の企画段階で、このようなお話をお客様から伺う機会が増えている。

好意的に解釈すれば、
部下と目線を合わせ、部下の心情に配慮した言動を心がけているのかもしれない。
これは奨励されるべき姿勢ではあるが、
あくまでも業績目標を達成する至上命題に応えることを前提にすべきことである。

また昨今では、上司がプレイングマネージャーであることも多い。
上司も部下も多忙なことに加え、メールでのコミュニケーションが浸透したため、
一日の間、両者が面と向かって対話をする機会がほとんどない、
という職場もあるほどだ。

穿った見方をすれば、
多忙さにかこつけた上司が部下に煙たがられることを避けているとは言えないだろうか。

さて、ここで冒頭の質問である。
私たちは、上司と部下との関係の土壌となるのが親密感であると考えている。
ここで言う親密感とは、馴れ合いの関係がもたらす親密感ではない。
上司が部下に対して負荷をかけることができるホットな土壌のことである。
この土壌があって初めて、
部下が、好感を持たれている、期待されている、信頼されていると感じることができ、
この上司が言うのなら、やってみよう!、やるしかない!
と決意させることができるのである。

そして、親密感をはぐくむのに近道は存在しない。
一握りのカリスマ的な素養を持つリーダーでもない限り、
極めて地道な方法しかないのである。

言いにくいこと、たとえそれが些細なことで煙たがられることがわかっていても、
上司が勇気を持って部下と対話をすることである。

対話は全てのリーダーシップにおける最高の良薬なのである。
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『はじめての管理職100問100答』

(株)ユニゾン 堤幸政/河村亜紀 著

明日香出版社

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