毎年大体この時期に、翌年春に卒業予定の学生を対象とした
就職希望企業調査の結果(日経クロスメディア営業局調べ)が、
日経新聞の紙面に掲載されている。

今年の結果(2/22付け日経新聞・第二部)を見る限り、
2011年春卒業予定者の傾向は、メディアで一般的に言われている通りに
学生の安定志向が高まっているのか、ランキング上位には誰もが名前を
知っている大手、わけても金融系の有名企業が多く名を連ねていた。

毎年この調査結果を見る度に思う。
その時々によって流行り廃りはあるものの、
基本は“長いものには巻かれろ”が学生の志向らしい。
別に当世の学生を非難しているわけではない。
かく言う私もそうだったのだから。
そんな私も社会に出て20年、今も長いものに巻かれていたいか?
と問われれば、学生時代のように自信を持って頷くことはない。

無論“長いもの”には“長いもの”からしか得られない魅力がある。
最大の魅力は、長いものに巻かれていることで得られる安心感だろう。
企業で言えばすぐに倒産する心配はないし、一度採用されてしまえば
余程のことがない限り辞めさせられる心配もまずない。
食いっぱぐれる心配がない、この安心感は絶大だ。

されどこの安心感は、時間の経過と共に依存心を生み出すことがある。
安心感から依存心が芽生え、そして依存が当たり前になると、
自分が長いものに依存していることすらわからなくなる。
そうなってしまうと、自らが“どうするか”ということよりも、
長いものが“どうしてくれるか”にのみ関心が向くようになる。
長いものに巻かれ続けていると、自分を失ってしまう人もいるのだ。
今の私には、そんな風に生きたくないという思いがある。

加えて、長いものが未来永劫“長いものであり続ける”ことはない。
そのことを知ったのも大きい。

冒頭にご紹介した就職希望企業調査の結果を見てもわかる。
たかだか3年前の調査結果を見直してみても、
当時“長いもの”として学生の人気を集めていた企業が、
そのまま“長いもの”である確率は50%あるかないか程度。
中には会社更生法の適用を受けた会社すらある。

“長いもの”が5年先、10年先にも“長いもの”である保証は全くない。
そう考えると、ただ安心感を得んがため“長いものに巻かれる”のは、
極めてナンセンスな選択であるということになる。

いずれにしても、こんな風に考えるのは、
今となっては長いものに巻かれたくても巻かれることができない、
そんな私の単なるやっかみなのかもしれない。