親が子育てを放棄すること(育児放棄)を“ネグレクト”と呼ぶそうだ。
何もごたいそうに横文字にしなくても、と思うのだが、
この問題に対する社会の関心を喚起するのには一役買っているのだろう。
ところで、この言葉を拝借するのであれば、
職場にも“ネグレクト”がある。上司の部下育成放棄である。
自分は方針を出さずに、部下に目標項目と目標値だけを与え、
あとは納期が来るまで放置する。その間に上司がやることといえば、
せいぜい「調子はどう?」程度に進捗を確認するぐらいである。
これでは、上司の責任で部下を育成しているとは言えない。
部下の責任を明確にし、その責任を引き受けさせ、完遂させる。
これが上司の部下育成責任である。
もちろん、上司が部下の育成を放棄したからと言って、
すべての部下が育たないことはない。自ら成長を遂げる部下も多い。
けれども、ネグレクトの上司のもとで育った部下には身につかないものがある。
それは、その組織への愛着と共同体意識である。
ネグレクトを経験した子供は、
改心して子育てを再開した両親に対して、なかなか心を開かないという。
会社を去る人材の中には、職場のネグレクト経験者が少なからずいるはずである。
何もごたいそうに横文字にしなくても、と思うのだが、
この問題に対する社会の関心を喚起するのには一役買っているのだろう。
ところで、この言葉を拝借するのであれば、
職場にも“ネグレクト”がある。上司の部下育成放棄である。
自分は方針を出さずに、部下に目標項目と目標値だけを与え、
あとは納期が来るまで放置する。その間に上司がやることといえば、
せいぜい「調子はどう?」程度に進捗を確認するぐらいである。
これでは、上司の責任で部下を育成しているとは言えない。
部下の責任を明確にし、その責任を引き受けさせ、完遂させる。
これが上司の部下育成責任である。
もちろん、上司が部下の育成を放棄したからと言って、
すべての部下が育たないことはない。自ら成長を遂げる部下も多い。
けれども、ネグレクトの上司のもとで育った部下には身につかないものがある。
それは、その組織への愛着と共同体意識である。
ネグレクトを経験した子供は、
改心して子育てを再開した両親に対して、なかなか心を開かないという。
会社を去る人材の中には、職場のネグレクト経験者が少なからずいるはずである。
