先日投稿した先楽・後楽の観点から言えば、
“人には「常楽思考」という思考傾向もあるのではないだろうか?”と、
ふと、そんなことを考えた。

「常楽(じょうらく)」。漢字を分けて眺めてみると、
大きく二つの意味づけができそうだ。

一つ目は、“常に楽をしていたい!”という思考傾向の意。
世の先達たちが眉をひそめるような思考傾向である。

ところが、この意味で「常楽思考」を考えてみると、
先楽・後楽という二つの考え方も、常楽という考え方があって
初めて成り立った考え方である、という気がしてならない。

すなわち、人間は常に楽をしたい生き物である、という前提に立って、
「先に怠けると後で苦しくなるよ。でも、先に苦しむと後で楽になるよ。」
という教訓を説いているからである。

先楽思考と後楽思考を並べて、「後楽思考であるべし」とする考え方も、
“人間はもともと怠け者である”というマグレガーのX理論に近似した
人間観に基づいたものと言えなくもない。


私は、同じ「常楽思考」でも二つ目の意味を持論としたい。
漢字の読みからすれば、“常に楽しければいい!”との意味にも取れる。
しかし、“常に快楽を求めること”と同義ではないと考える。

つまり「常楽思考」とは、
“常に楽しむことができる(苦しみも楽しめる)思考”
と解釈したいのである。

そして、その意味での「常楽思考」は、
自分で定めた目標に立ち向かっていく強い意志を持つ、
そんな人たちに多く見受けられる思考傾向であるとも言える。