私は社内でよくしゃべっている。
相手がほとんど聞いていなくてもしゃべる。

周りの人はいい迷惑。
仕事の手を止めて、何かの質問かと回答を探しながら聞いてもらっても、
相手にしゃべっているうちに自分で勝手に納得して終了。

「なんだお前は?!」となる。

近しい、私をよく知っている人間は、またかと言った具合。
(こう書くとバカみたいで嫌なんですが…)

通常、「言葉」は人に何か伝える為の道具。
言葉を人に向かって発するというのは、相手に何かを伝えている行為。

でもこの私のしゃべっている(言葉を発している)状態は、
自分の意見・考え・理解を消化する作業。
この場合、相手に何かを伝えたいからではないのだ。

特に全く新しいことを始める時や、理解し難い情報が入ったときによく行う。

人間は赤ん坊の時、不快を泣いて親に訴える。
成長し、おなかが減った、悲しい、苦しい、痛い、淋しいと、どう不快かを
言葉で表現出来た時、解決する方法が明確になる。

はたまた太古の人間は、頭上に広がる青く無限な空間を空と名付けた。
その時にそれは空だと認識され、海や土地との境ができた(はず)。

言葉にすることは定義すること。

人の意見を聞いた時、本を読んだ時、新しいものを見た時、感じたとったことを、
何度も言い換えながら表現してみる。
そうするといつしか、その情報が自分のものとなり、理解することができる。

だから、私はなんとなく頭にある訳のわからない自分の感覚の切れ端を、
いろんな言葉で誰かに表現し、しっくりくる単語とその並び方になるまで、
繰り返す。

ということで、私の周りの皆様。
いつもうるさくってごめんなさい。