時節柄、お客様から新入社員の教育に関する話が出ます。
話を伺っていて特に気になるのが、入社三年以内に離職する若手社員の問題。
「今の仕事は私に向いていない」、「人生の大切な時間を浪費している」、
「もっとキャリアアップできる仕事がやりたい」・・・。
このような言葉を遺して有望な若手社員が会社を去っていく。
頭を抱えていらっしゃる人事・採用担当者が少なからずいるようです。
先日もあるお客様から
「我慢だとか下積みなどと言うのは、もう古いんでしょうか?
堤さんはまだお若いですよね、堤さんの頃はどうでした?」と尋ねられました。
振り返ってみると確かに、駆け出しの頃の仕事は楽ではありませんでした。
毎朝8:30に出社して営業所の駐車場に集まり、ラジオ体操で一日がスタートします。
体操が終わると事務所に戻って朝礼。
朝礼では、まず昨日受注を獲得した営業マンが受注のポイントを発表して、
全員からの拍手を受けます。続いて、営業所長から当月残予算の確認
(君は今月の予算はこれだけあるから、あとこれだけ足りないというような)があって、
最後に各営業マンが本日の決定目標をプレッジ(宣言)します。
朝礼が終わるとほどなく、コピー用紙やトナーなどのサプライ、印刷機やコピー機などの
マシンを積んだトラックが営業所に入ってきて、倉庫への入庫が始まります。
再び駐車場に出て、営業所員総出でそれらをバケツリレーのように倉庫に入れるのです。
これが結構な重労働で、慣れるまでは筋肉痛になる程でした。
毎朝、雨の日も雪の日も欠かさず行われる日課です。
朝の一連の作業が終わると、お客様に配送するサプライを看板車に積んで営業へ。
担当エリアを車で移動しながら、サプライの配送、自社機の入れ替え提案、
他社機ユーザーへの訪問、飛び込み訪問など、大体20件程度のお客様を訪問します。
当時は受注したマシンの納品も営業マンが行っていたので、時には100Kg近いコピー機を
建築現場の3Fの事務所へ、狭い階段を使って納品したこともありました。
日が暮れて営業所に戻り、種々の伝票や日報、お客様への提案書などを作成し、
明日の準備をしてから帰宅。肉体的にも辛い毎日でした。
もちろん数字のプレッシャーも相当なものです。
その月の数字が上がっていなければ、恥ずかしいやら申し訳ないやらで、
とにかくいたたまれません。何とかして数字を上げたい、上げなければ、
という逃げ場のない心理状態に追いつめられることもありました。
「こんな仕事をしていて何か意味があるんだろうか?」
その頃は、正直そう思っていました。
それでも私は異動になるまでの三年間、その仕事を続けました。
なぜ続けられたのか、なぜ我慢できたのか、今となっては記憶が定かではありません。
多分、転職を考えられるほど度胸も自信もなかったことと、
「ここで辞めたら負けだ」というような“たわいない”意地が、
その仕事その職場に私を引き留めたのだと思います。
当時に比べると今は、若手社員を取り巻く環境が大きく変化しています。
今、私が新入社員として当時と同じ環境に置かれたら、
あの時ほど頑張ることができずに転職支援サービスを利用するかもしれません。
ただ、この時期の経験が私を成長させて、
「今」を支える拠り所となっているのは紛れもない事実なのです。
最近読んだ『「愚直」論:樋口泰行(現ダイエー社長)著』に
「その仕事がどのように自分の糧になっているのかをリアルタイムに気づくことは難しい」
という一節がありました。
自分が成長したかどうかは、振り返ってみなければわからないものです。
若手社員の皆さん、明確にやりたいことがあるのであれば、
迷わずその世界に飛び込んでいくことをお薦めします。
そして、その分野で下積みをして下さい。
また、そうでない私のような方にも、
我慢することや下積みの経験を持つこと強くお薦めします。
私は駆け出しの三年間で営業マンになりました。
下積みは必要か?私は「yes」と即答します。
話を伺っていて特に気になるのが、入社三年以内に離職する若手社員の問題。
「今の仕事は私に向いていない」、「人生の大切な時間を浪費している」、
「もっとキャリアアップできる仕事がやりたい」・・・。
このような言葉を遺して有望な若手社員が会社を去っていく。
頭を抱えていらっしゃる人事・採用担当者が少なからずいるようです。
先日もあるお客様から
「我慢だとか下積みなどと言うのは、もう古いんでしょうか?
堤さんはまだお若いですよね、堤さんの頃はどうでした?」と尋ねられました。
振り返ってみると確かに、駆け出しの頃の仕事は楽ではありませんでした。
毎朝8:30に出社して営業所の駐車場に集まり、ラジオ体操で一日がスタートします。
体操が終わると事務所に戻って朝礼。
朝礼では、まず昨日受注を獲得した営業マンが受注のポイントを発表して、
全員からの拍手を受けます。続いて、営業所長から当月残予算の確認
(君は今月の予算はこれだけあるから、あとこれだけ足りないというような)があって、
最後に各営業マンが本日の決定目標をプレッジ(宣言)します。
朝礼が終わるとほどなく、コピー用紙やトナーなどのサプライ、印刷機やコピー機などの
マシンを積んだトラックが営業所に入ってきて、倉庫への入庫が始まります。
再び駐車場に出て、営業所員総出でそれらをバケツリレーのように倉庫に入れるのです。
これが結構な重労働で、慣れるまでは筋肉痛になる程でした。
毎朝、雨の日も雪の日も欠かさず行われる日課です。
朝の一連の作業が終わると、お客様に配送するサプライを看板車に積んで営業へ。
担当エリアを車で移動しながら、サプライの配送、自社機の入れ替え提案、
他社機ユーザーへの訪問、飛び込み訪問など、大体20件程度のお客様を訪問します。
当時は受注したマシンの納品も営業マンが行っていたので、時には100Kg近いコピー機を
建築現場の3Fの事務所へ、狭い階段を使って納品したこともありました。
日が暮れて営業所に戻り、種々の伝票や日報、お客様への提案書などを作成し、
明日の準備をしてから帰宅。肉体的にも辛い毎日でした。
もちろん数字のプレッシャーも相当なものです。
その月の数字が上がっていなければ、恥ずかしいやら申し訳ないやらで、
とにかくいたたまれません。何とかして数字を上げたい、上げなければ、
という逃げ場のない心理状態に追いつめられることもありました。
「こんな仕事をしていて何か意味があるんだろうか?」
その頃は、正直そう思っていました。
それでも私は異動になるまでの三年間、その仕事を続けました。
なぜ続けられたのか、なぜ我慢できたのか、今となっては記憶が定かではありません。
多分、転職を考えられるほど度胸も自信もなかったことと、
「ここで辞めたら負けだ」というような“たわいない”意地が、
その仕事その職場に私を引き留めたのだと思います。
当時に比べると今は、若手社員を取り巻く環境が大きく変化しています。
今、私が新入社員として当時と同じ環境に置かれたら、
あの時ほど頑張ることができずに転職支援サービスを利用するかもしれません。
ただ、この時期の経験が私を成長させて、
「今」を支える拠り所となっているのは紛れもない事実なのです。
最近読んだ『「愚直」論:樋口泰行(現ダイエー社長)著』に
「その仕事がどのように自分の糧になっているのかをリアルタイムに気づくことは難しい」
という一節がありました。
自分が成長したかどうかは、振り返ってみなければわからないものです。
若手社員の皆さん、明確にやりたいことがあるのであれば、
迷わずその世界に飛び込んでいくことをお薦めします。
そして、その分野で下積みをして下さい。
また、そうでない私のような方にも、
我慢することや下積みの経験を持つこと強くお薦めします。
私は駆け出しの三年間で営業マンになりました。
下積みは必要か?私は「yes」と即答します。