ユニゾンのENSEMBlog

「人と組織のマネジメント」にユニークな価値を提供し続ける企業
「株式会社ユニゾン」
マネジメント研修を事業のドメインに据える
同社の社長とスタッフたち(ときどき)とで綴るブログです。
頻度はそこそこ、中身は真面目にがモットーです。

2006年11月

「横の統制」とリーダーの役割

個人に個性があるように、組織にもその集団が持つ個性がある。

組織の個性を決定づける要素はいくつかある。中でも、
その組織における「縦の統制」と「横の統制」がどのように作用しているかは、
その組織を預かるリーダーのリーダーシップを考える上で極めて重要な要素と言える。

ここで言う「統制」とは、集団をコントロールする力のことである。
そして、「縦の統制」とは主に、上役が打ち出す方針や指揮・命令、
あるいは、評価や人事異動といった賞罰を含むフォーマルな統制である。

一方、「横の統制」とは、その組織を構成しているメンバーの心理や意識によって
もたらされるインフォーマルな統制である。

「縦の統制」に関しては、後日取り上げるとして、
今回は「横の統制」とリーダーの役割について触れてみたい。

「横の統制」の具体例は、営業組織を想像してみるとわかりやすい。
メンバーの中で自分一人だけが予算を達成していないような場合、
どのような心理状態になるだろうか。
おそらく、大方は「早く予算を達成しなければ!」と焦るのではなかろうか。
このような心理を持つのは、その組織において“目標未達であることは恥である”
という暗黙の合意が「横の統制」として機能しているからである。

また、これとは逆の例もある。
メンバー全員が常に目標未達で終わっている営業組織では、
大半のメンバーにとって“目標未達であることは恥ではない”。
目標未達が当たり前なので、
ひどい場合には、一歩抜きん出ようとするメンバーに対して、
他のメンバーが足を引っ張るような言動に及ぶことまで起こりうる。

このような「横の統制」が働くことで、
“業績意識の高い組織”や“業績意識の低い組織”という組織の個性が
形作られることがあるのである。

「縦の統制」を強化しても組織の体質がなかなか変わらないという場合、
リーダーは、この「横の統制」に着目する必要がある。

「横の統制」は、誰かの指揮・命令によってもたらされるものではない。
しかし、「横の統制」に大きな影響力を持つメンバーが存在していることが多い。

例えば、
業績はピカイチなのに報告書の納期を守らないメンバーが影響力を持っている組織では、
皆が揃って報告書納期を守らなくなる、というようなケースがある。

あるいは、その組織での仕事経験の長いスタッフが、リーダー不在時に
“虎の威を借る狐”のように振る舞っている、などというケースもある。

組織を預かるリーダーは、
このような「横の統制」に大きな影響力を持ったメンバー、
言うなればその組織の“影のリーダー”と、その他のメンバーとの関係に
アンテナを張っておかなければならない。その上で「縦の統制」を強行するのではなく、
「横の統制」に変化を生じさせる手を打つのである。

リーダーが打つべき手は様々考えられるが、
基本となるのは、その組織を引っ張り上げるメンバーを育成することであろう。
そのとき、育成対象とするのは“影のリーダー”とは限らない。
「誰」にこだわれば「横の統制」に変化を生じさせることができるのかを、
リーダー自身が見定める必要がある。

そして、そのメンバーを強制的に育てようとするのではなく、
本人が「よし、やろう!」とその気になるように、
粘り強く働きかけることが肝要である。
リーダーとしての自分の「想い」と、本人への「期待」に共感してもらうのである。


「横の統制」に変化を引き起こすことができれば、「笛吹けども踊らず」
というリーダーのフラストレーションも軽減されてくるはずである。

上司の影響力

先日、久し振りに高校の友人に会いました。
顔に表情がなく、いつもの元気さもなかったので何があったのか聞いてみました。

「直属の上司から、仕事が出来ないからとの理由で、早朝掃除、時間外の
事務作業を義務づけられた。休みも少なく、朝は9:00から終電まで会社に
いるから体も休まらない。」との答えでした。

それに加え、体の調子が良くないので辞職の旨を三ヶ月前より提示しているのに
取り合ってもらえない、とのこと。

私も上司で苦労した経験があります。
当時のことを振り返ってみると、私を動かしていたのは恐怖心だけでした。
上司が何よりも怖かったので、言われたことはとにかくやりました。
営業成績もそれなりに出せました。

けれども気が付けば、自分に自信が持てず、
常にネガティブに考えてしまうようになってしまっていました。

もちろん、このような上司の方はごく一部だと思います。

ただ、逆に良い上司に巡り会うと、苦しい中でもやりがいを共に共有し、
自分にも仕事ができることを経験させてもらうことができます。
部下にとっての上司の存在は、極めて大きなものなのです。

なにげない上司の言動、その全てを、
部下はアンテナを目一杯張り巡らして受け止めていることを、
是非、部下をお持ちの方々には再認識していただきたいと、
改めて感じた友人との一夜でした。

いざというときに

先週末、大変ショッキングな出来事があった。
およそ二十年ぶりに、愛車を擦ってしまうというアクシデント。

人的被害も物的損害もなかったのは不幸中の幸いと言うべきなのだが、
本人の心的損傷は相当のものである。

この不幸の直後、修理を依頼するために、
愛車を購入したディーラーの営業マンに連絡をした。
彼とは、今の愛車を購入した二年前からのつきあいである。

彼は、媚びへつらうようなタイプの営業マンではない。
ベタベタすることはなく、かと言って、
ドライでビジネスライクというわけでもない。

そんな彼とは一年の間に数度、こちらが必要とする時にだけ
コミュニケーションを取る程度のつきあいである。
けれども私は、彼のことが大好きなのだ。

今回も予期せぬ出来事に接し、私はまず彼の携帯電話に連絡をした。
めったに電話をすることなどないのだが、彼は必ず電話に出る。
「あー、堤さん。ご無沙汰しています。」の一声で、私はホッとしてしまう。

「まったく情けない話なんだけど・・・」と、
ことの顛末を伝え、その足でディーラーに向かう。ディーラーに着けば、
既にサービスマンが待機しているという手回しの良さ。かてて加えて、
損害保険を利用した場合の次年度保険料まで計算して待っていてくれる。

いざというときに頼りになる。
ゴジラ松井選手似の彼は、私にとって間違いなく良い営業マンである。

崖から助けられた犬

先日、私の出身県である徳島県がメディアを賑わせた。
そう、崖で身動きが取れなくなっていた犬をレスキューが
救出に向かい、無事保護したと言う話題である。

雑談時にも『地元だったね』というきっかけから、かの騒動について
意見を伺う機会が何度かあった。
犬の救出について、報道合戦を繰り広げるメディアについて
いかがなものかと問いたい方々は多くいらしたようだ。

私はというと、良きにつけ悪しきにつけ、平和な日本を象徴するような
報道だったと感じている。
それはそれで、あの犬を報道する余地がないほど、ひどい事件や事故で
メディアが賑わってしまうよりは良いことだろう。

ただ、そんな傍らで、心ない飼い主によって捨てられたペットたちが
日々処分されている現実を、そういった機会にどうして報道しないのか
不思議である。

先楽?後楽? or 常楽?

先日投稿した先楽・後楽の観点から言えば、
“人には「常楽思考」という思考傾向もあるのではないだろうか?”と、
ふと、そんなことを考えた。

「常楽(じょうらく)」。漢字を分けて眺めてみると、
大きく二つの意味づけができそうだ。

一つ目は、“常に楽をしていたい!”という思考傾向の意。
世の先達たちが眉をひそめるような思考傾向である。

ところが、この意味で「常楽思考」を考えてみると、
先楽・後楽という二つの考え方も、常楽という考え方があって
初めて成り立った考え方である、という気がしてならない。

すなわち、人間は常に楽をしたい生き物である、という前提に立って、
「先に怠けると後で苦しくなるよ。でも、先に苦しむと後で楽になるよ。」
という教訓を説いているからである。

先楽思考と後楽思考を並べて、「後楽思考であるべし」とする考え方も、
“人間はもともと怠け者である”というマグレガーのX理論に近似した
人間観に基づいたものと言えなくもない。


私は、同じ「常楽思考」でも二つ目の意味を持論としたい。
漢字の読みからすれば、“常に楽しければいい!”との意味にも取れる。
しかし、“常に快楽を求めること”と同義ではないと考える。

つまり「常楽思考」とは、
“常に楽しむことができる(苦しみも楽しめる)思考”
と解釈したいのである。

そして、その意味での「常楽思考」は、
自分で定めた目標に立ち向かっていく強い意志を持つ、
そんな人たちに多く見受けられる思考傾向であるとも言える。

先憂後楽

中国の故事に
「先憂後楽(せんゆうこうらく)」という言葉がある。

「天下の憂いに先んじて憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」
という意味で、人の上に立つ者の心構えを説いたものである。

この言葉、本来の意味とは少し違った解釈で私たちの意識にも浸透している。
つまり、“先に楽をして後で苦しむより、先に苦しんで後で楽をすべし”
という「後楽(こうらく)思考」である。

とは言うものの、
苦手なことや、気の進まないこと、面倒なことなどの
逃げ出したくなるようなことと対峙したとき、
「後楽思考」で臨むのは、なかなかできることではない。

後で辛くなるのはわかっていても、
「まぁ、いいか。まだ時間もあるし」と後回しにしてしまう。

最近なぜか、休日の前日にブログ投稿を担当することが多い私。

今日、勤労感謝の日に、日頃のスタッフ全員の努力に感謝しつつ、
己の「先楽(せんらく)思考」癖をぼやいての投稿である。

BUREXネットワーキングパーティ

今日は、我が社が入居しているビルのネットワーキングパーティでした。

ビルのB1のレストラン『カバチ麹町店』で、入居している企業様より、
総勢70名様ほどの方が参加されていました。

仕事上、また個人的にネットワークを広げる為の場として、
皆さん有効活用されているご様子でした。

我が社はというと…
呑兵衛と食いしん坊の性分が裏目に出て、お話させていただく時間より
食べて飲んでいる時間が多かったように思います。

すっかり、自由気ままに楽しませていただいてしまいました。

ご一緒させていただいた方々…ご無礼の数々はどうぞお許し下さい。

写真は、おいしい食事(一部)とビル管理会社の美女軍団の中のお2人と
unison2とunison neoです。

人物食事

散り際の美しさ

週末の朝、目が覚めて外をみたら
いつの間にか葉っぱがきれいに色づいていた。

私自身はどちらかというと、新緑の季節が好きである。
青々とした新緑を見ていると、とてもきれいで生命力を感じるからだ。
しかし、秋になり、紅葉を見ると、やはり紅葉も捨てがたいなぁと思う。

実際に、テレビでの特集数にしても、ツアーが組まれている数にしても
世間では紅葉のほうが断然人気がある。

「散り際の美しさ」が投げかけてくるものがあるのだろうか。

私自身の散り際は、まだ想像できない。
ただ、元サッカー選手の中田氏にしても、元野球選手の新庄氏
にしても去り際が潔よかったことに共感を覚えた。
だからこそみんなの心にも残る物があったのだろう。

私も、そんな去り際が迎えられるよう、これから先
その時その瞬間を一生懸命、歩んでいきたい。

エゴサーチ

インターネットの検索サイトで、
自分の名前を検索してみることを「エゴサーチ」と呼ぶらしい。

11月17日(金)付けの日経新聞夕刊に、
この「エゴサーチ」に関する記事が掲載されていた。

自分のあずかり知らないところで、
自分にとって好ましくない情報が一人歩きする怖さを取り上げて、
ネット上に名前を掲載するには注意が必要である、との論調であった。

この記事中で目を引いたのが、都内在住の三十代女性とされる方のコメント。

「合コンで知り合った人の名前をネット検索するのは日常茶飯事」
だそうで、その一例として、見合い相手を検索した経験談が掲載されていた。

以前は毛むくじゃらだったのに、実際に会ってみると違っていたそうだ。
彼女は、「(彼が)脱毛したんだと考え、努力してるんだと思った」とのこと。

私には、男性の体毛に関する好みを云々する気は毛頭ない。
けれども、この記事を読んだ私は、

・公開されている情報を鵜呑みにしてしまう
・固有の人間が持っている感性や価値観を尊重しない

という風潮が、私の想像以上に広がっているのではないか?
との大げさな危機感を持ってしまった次第である。

忙しい管理職

「忙しいので研修には出席できません」

研修を企画しても、多忙を理由に出席できない人がいる。
最近では、管理職にその傾向が強い。

研修をご提案する私どもからすれば、
そのような管理職の方にこそ、研修にご参加いただきたい。

時期によっては、「絶対に時間を取れない!」ということがあるのもわかる。
しかし、“いつまで経っても”参加できない方もいるのである。

これは、問題ではないだろうか。

組織の中で働いている管理職が仕事を離れられない、あるいは、
管理職がいなければ問題が発生するようなリスクが高い。
そのような組織が健全な組織と呼べるだろうか?

(商売柄、私の性格が従前以上に悪くなってしまっているのかもしれないが)
そのような管理職の方は、
ありとあらゆる状況を知っていなければ気がすまないのでは?とか、
すべて自分で決めなければ部下は何もできないと思っているのでは?
などと勘ぐりたくもなってしまうのである。

もちろん、そのような管理職の方はいないと思う。
超多忙な中で、必死になってご自身の責任を果たしているはずだ。
しかし、ご自身の健康のためにも(ひょっとすると組織のためにも)、
業務から身を引く時間があっても良いのではなかろうか。

実際にそうしてみると、ご本人が思っているほどには、
問題が起きたり、仕事が停滞したりはしないかもしれない。

そして、もしそのような時間が設けられるようなら、
是非、私どもの管理職研修にお越し願いたい。

ご自身の仕事の役割や責任を見つめ直すことで、
この超多忙な現状は、ご自分の仕事の癖や習慣が招いていることに気づく。
事実、このような感想を残されるご参加者は多いのである。是非、ご一考を!

すごいぞ!ジョー。

先日の NHKスペシャルで、
シアトル・マリナーズ 城島健司捕手を取り上げていた。

日本人キャッチャーとして初めてメジャーリーグに挑戦した城島。
打撃では一年目の松井選手を上回る好成績を収めたものの、
その一年は、試練に満ちたものだったようだ。

城島が特に苦しんだのが、配球に対する日米の価値観の違いである。
日本ではキャッチャーがピッチャーをリードして配球を決める。
しかし、アメリカではピッチャーが配球を決める常識があるらしい。

配球には絶対の自信を持つ城島だが、
開幕当初からピッチャーは、彼の出すサインに首を縦には振らない。

番組では、試行錯誤を重ねる城島の姿を追っていた。
そして、城島がチームに受け入れられるようになるまでの課程で、
私の印象に強く焼き付いた彼の姿がある。

まず、ピッチャーと正面から向き合って対話を重ねる姿。
「なぜ、あの時のサインを受け入れてくれなかったのか?」
納得がいくまで話し合う。そのときの姿勢が、また素晴らしい。
「僕はわからないから教えてほしい」とねばり強く対話を仕掛けたそうだ。

次に、勉強を怠らない姿。自分が出ていない試合や、
過去の試合をビデオで見て、配球を熱心に研究する姿には脱帽した。

さらに、勝利に対する執念、これを示し続ける姿が挙げられる。
ランナーに跳ね飛ばされながらもホームを守った(得点を与えなかった)後から、
チームメイトたちの城島に対する態度が変化してくる。

そして、私が最も感銘を受けたのは、
変化を受け入れながらも自分の信念は貫き通す彼の姿である。

シーズンも中盤を迎える頃から、城島のリードは進化する。
ピッチャーのプライドに配慮した配球を受け入れつつも、
ここぞという場面で自分の信念は曲げないのである。

これらはいずれも、優秀なビジネスリーダーにも通じる姿である。
きっと、城島は監督になっても超一流となるだろう。
すごいぞ!ジョー。

東京人生

先日、荒木経惟の“東京人生”という展示会に行った。

悲しいかな、私は“芸術のセンス”がない。
友人が、「画質がどうだ」、「構造がどうだ」、etc
と説明してくれるがよくわからない。

なんとなく好き、なんとなく良い、と思いながら見ている。
そんな私に、またもや友人がひとこと。
「アメリカではどこがどう良いか説明できないとダメらしいよ」

私は日本人だ!と叫びたくなった。

確かに感じたこと、良いと思った理由‥自分の思いをしっかりと、
他者に伝えられることは大切だと思う。
私もそうできるようになりたい。

だが反面、自分の直感を大切に、ごたくを並べず
良いものは良いと言い切れる人でも在り続けたい。

電話対応と業績

新人研修や若手社員向けの研修にたずさわる時期になると
マナーや礼節、基礎・基本にうるさくなる。

そんな時、営業電話をかけていると、会社・組織によって
電話対応にかなりの“差”を感じる。
つい『すばらしい電話対応ですね』と、声を掛けたくなる方から、
一瞬にして腹が立ってくるような電話対応もある。

“電話を取る”という事だけとっても、その組織全体の風土、
スタンスを感じ取ることができる。

すばらしい電話対応が出来る組織は、業績も良いというのは
嘘ではない。

対話の入り口

公開コースも実施している「MIP研修」は、
一言で言ってしまえば、リーダーの対話力を高める研修である。

部下や関係区の責任者(担当者)に対して、

“どうすれば、自発的に動いてもらえるか”
“どうすれば、プラスαの仕事をしてもらえるか”
“どうすれば、重い負荷を引き受けてもらえるか”

などの問題意識を持っていないリーダーは皆無であろう。

しかし、当の本人と対話をしてみても、なかなかうまくいかない。
対話の時間や頻度を増やしても、最終的には、
「どちらかが折れる=どちらかに不満が残る」程度の対話しかできない。
一体、何がいけないのか?

「MIP研修」では、皆さんにロールプレイングを実施してもらう。
最近の傾向として目立って多いのが、対話の入り口で躓いてしまうリーダー。
「○○だから、こうしなきゃならないよねぇ」と対話を始めてしまう。

この“○○だから”が大問題なのである。
市場がこうだから、会社の現状がこうだから、上司がこうだから・・・。
そこには、リーダーとしての自分の姿がいない。


自分はリーダーとしてどのような責任を引き受けたのか、
まずは、そのことを対話の相手に粘り強く伝えて共感を引き出す。
その上で、相手に協力を求める姿勢を示すことが肝要である。

リーダーの熱い想いを相手に引き受けてもらう。
MIP研修」で言うところの“想いの統合”があって初めて、
本気の対話がスタートできるのである。

緊張

“講師”は人前でお話させていただく機会が多い職業である。

以前、セミナーを終えた後、ご参加いただいた方のお声に
「人前で緊張せずに話ができる講師がうらやましい。
是非、緊張しない方法を教えて欲しい」
というものがあった。

お話を伺うと、営業をされているその方は、人前でとにかく
緊張してしまい、少し人数の多いプレゼンテーションは
いつもさんざんだとのこと。

で、当の講師はというと…
おもいっきり緊張しているのである。

私も、人前が苦手で、どうしたら緊張しないかを考えたり、
人前での話が上手だと思う方々に聞いて回った時期があった。

そして出た結論は、、
緊張は無くせない。緊張とどう付き合っていくか。
だということ。

講師曰く、“緊張していない時のほうが出来が悪い”らしい。

かの魂のピアニストと呼ばれる“フジ子ヘミング”も、緊張のしすぎで
演奏前、必ず震えているというのは有名な話である。

MIP研修公開コース【11月度日程】無事終了!

二日間の MIP研修公開コースが無事終了いたしました。

ご記入いただいたアンケートを拝見したところ、
受講者の皆さまからの反応も上々。

「自分の課題が明確になった」
「我慢強く部下の話を明日から聞きます」
「異業種の方とのセミナーはためになりました」

などのお言葉を頂きました。
ご参加下さいました皆さま、本当にありがとうございました。

ところで、ブログにて報告(?)させていただきましたように、
昨日、私はミッションをきちんとこなすことができませんでした。

アンケートには、二、三の方から「ビデオ操作の統合を!」との
ありがたいコメントを頂戴いたしました。
次回までには、しっかり、ビデオと統合しておきます。

そして、本日の私のミッション“お客様と笑顔で雑談”の結果は?
と申しますと、全参加者の方と親しくお話をすることができたので、
自己採点で80点、ほぼ合格点が取れたと思っています。
ちょっと甘いかもしれませんが・・・。

それでも、私にとっては、
弊社で言うところの「成功体験」を積むことができました。

「リーダーが、部下に成功体験を続けて三回積ませることができれば、
 部下は好循環の波に乗ることができレベルアップする」

という話を、講師が本日の MIP研修でも紹介していました。

私も、早く好循環の波に乗れるよう、残り二回の成功体験を積むべく、
挑戦しがいのある課題に取り組もう!と決意した次第。unison neo 頑張ります!

次回の MIP研修公開コースは、12月6日(水)〜7日(木)に開催いたします。
若干名の余席がございますので、奮ってご参加下さいませ。

初の事務局仕事

本日、明日と11月度日程の「MIP研修公開コース」を開講しています。

ユニゾンの一員となって早一ヶ月。
今回の公開コースには、私も事務局として参加しています。

私にとっては初めての事務局仕事です。
この初仕事に臨むにあたって、私の心をかき乱していたのは、
今回与えられた二つの特命ミッション、朝の挨拶とビデオ撮影です。

大勢の方の前で話すこと、機械を操作すること、が大の苦手という私にとって、
この二つのミッションがもたらすプレッシャーは相当なものでした。

無情にも時は過ぎ、朝一番の挨拶がやってきました。

爽やかな朝のご挨拶をしたいという気持ちとは裏腹に、
「おはようございます!」と声を張り上げた以外は、
極度の緊張で何を話したのかすら覚えていない始末。

講師から言わせると、普段の私はどこにもいなかった、
まさに“借りてきた猫”状態だったと指摘されてしまいました。

そして、もうひとつのビデオ撮影。リハーサルも万全だったはずなのに、
ビデオの電源、撮影、映像の切り替えつまみを操作し間違えてしまい、
皆さまの面前で固まってしまいました。
映像をモニターに映し出すことができなくなってしまったのです。

その時の「場」の沈黙は、
おそらく数秒にも満たないものだったのでしょうが、
いたたまれない私にとっては、永遠にも感じられるほど長く苦しい時間でした。
幸い、優しい受講者の方に正しい操作方法を教えていただき、
無事にミッションは果たすことができました(?)。
本当にありがとうございました。

気持ちとしては、てんてこ舞いだった初事務局仕事。
そんな私に、次なるミッションが与えられました。
明日のミッションは、“受講者の皆さまと笑顔で雑談”です。

キドニタテカケシ衣食住
どれを話題にするかが今夜のプレミッションです。

自戒の日記

我が社は、社内でロープレをすることが多い。

各人、新しいチャレンジをする時などは、社内でそれぞれ相手役や受講者役を
捕まえては、ロープレをしかけ、アドバイスを受けながら何度もトライしている。

私は夜、会社にいることが多いので、よく捕まる。
今日も夕方になってから、「時間ある?」と問われた。

笑顔で聞かれると、つい「いいよ」などと答えてしまい、早速ロープレ相手に。

061106そうなればそうなったで、時間も忘れて
「あーでもない、こーでもない」と、
なかなか終わることが出来ない。
またしても、ロープレを依頼してきた側が
「さすがに帰りましょう」
という時間まで拘束してしまった。

そんなこんなで、今日もこんな晩ご飯を
パソコンを相手に食べる羽目に。。

自戒の為に、写真をUPしておく。

“魅了”(?)の雑事

先日の無料セミナーにご出席いただいたお客様から、
ご質問のメールをいただいた。

“魅了の雑事”とは、どのような意味ですか?というご質問だ。
確かに当日、講師が「“みりょう”の雑事」と申し上げた場面があった。

日々、忙しい忙しいと走り回り、部下と対話する時間さえないというような
リーダーは、『忙し病』だという話の中で使った言葉である。

あっちやこっちの作業や業務を食い散らかして、完了させないままの
やりかけ仕事を抱え込むと、最初は大変だけれども、しばらくすると
忙しさが麻痺して気持ちよくなってくる。
そういう状態の場合、ご本人は「大変だ!」「もう嫌だ!」というが、
本気でその状況を変化させようと動くわけではない。

現代のリーダーは、本当に忙しい方が多い。
ただし、自分を忙しいリーダーだと思われる方は、
この『忙し病』にかかっていないか、チェックしてみる必要があるかもしれない。
手をつけた仕事は都度、完了させているか?
やりかけで、貯めてしまってはいないか?

忙しさが気持ちよくなり“未了の雑事”に“魅了”されては、
『忙し病』にかかってしまう。

新ブログタイトル決定

皆さまから、
たくさんのアイデアをいただいておりました当ブログの新タイトル。

弊社講師、営業、バックスタッフの面々とも協議を重ね、
本日、新ブログタイトルを決定いたしました!

新ブログタイトルは

「ユニゾンのENSEMBlog(アンサンブログ)」

私どもの社名である“ユニゾン”とは、
音楽用語で「同じ音を奏でる」こと。
お客様と同じ音を奏でていきたい、という願いが込められています。

また“アンサンブル”とは、
同じく音楽用語で「調和、合唱、合奏」という意味があります。

この二つの言葉と“ブログ”の造語に
同じ音を奏でながらも調和を目指す私たちの姿勢に、
ベストマッチするというのが選考理由(?)です。

コメントでアイデアを下さった suzukiさん、ありがとうございました。

また、コメントやメールで、あるいは直接アイデアをお知らせいただいた皆さま、
本当にありがとうございました。この場をお借りして、お礼を申し上げます。

今後も皆さんのお役に立てるような情報をご提供すべく、
投稿者一同、今後もがんばってまいります。
引き続き、温かく、そして厳しく、見守ってください。

※トップページのタイトルは明日(11/2)更新予定です。
ユニゾンの書籍


『はじめての管理職100問100答』

(株)ユニゾン 堤幸政/河村亜紀 著

明日香出版社

QRコード
QRコード
最近のコメント
twitter